黄昏のエポック - バイロン郷の夢と冒険

かわまりの読書ルーム II

【読書ルームII(54) 黄昏のエポック- バイロン郷の夢と冒険】

第四話 青い空、青い海 (一八○九年夏 ~ 一八一一年秋 ポルトガル→スペイン→アルバニアギリシア→トルコ→ギリシア→イギリス  18/18)

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バイロンは気分転換も兼ねて、イングランド北西部、マンチェスターに近いロッシュデールとさらに北のランカシャーにある自分の領地を視察にいくことにした。これらの土地にはバイロン家の所有する館などはなかったので、近くに住まう貴族に宿を依頼する必要があった。バイロンは九月二十五日にニューステッドを立ち、十月九日に戻った。留守の間に届いた何通かの手紙の中に女性の手になるらしい、見慣れない筆跡で宛名が書かれたものがあり、バイロンはいぶかしく思いながらその手紙の封を開けた。


「親愛なる男爵バイロン

 

卒業(グランド)旅行から無事に戻られて何よりでした。閣下には私の弟ジョン・エーデルトンからご帰国のお祝いと益々のご発展をお祈りする旨の手紙を差し上げるのが本来でした。しかし私は胸の潰れるような事実をお伝えしなければなりません。


閣下から稀なるご寵愛をいただき、閣下を心から敬愛しておりました私の弟は去る五月十六日、肺病のために永眠いたしました。閣下がご帰国後に弟宛に出されたご厚情溢れる手紙を拝読し、私は涙を新たにいたしました。


生前、弟は閣下のことを命の恩人と呼んでお慕い申し上げておりました。閣下がカム川で溺れかけた弟を助けてくださったことは言うまでもなく、弟に対する閣下のご好意と篤い友情とが短かった弟の生涯を豊かな生き甲斐に満ちたものにし、暖かい閣下の思い出が必ずや弟を天国に導いてくれることと思います。ここに改めて閣下に深くお礼申し上げます。


末筆になりますが、閣下の一層のご発展とご幸運をお祈りいたします。


かしこ


一八一一年九月二十六日
アン・エーデルトン」


ジョン・エーデルトンの姉から寄せられた短い手紙をバイロンは幾度となく読み返した。バイロンは手紙の意味をすぐに解することができなかった。しかし、何度も回を重ねて手紙を読み返すうちに、その命を助け、いとおしみ、成長と発展を心から願ったエーデルトンがこの世には存在せず、本来ならば一緒に地中海を旅したかったエーデルトンに完成した「ハロルド卿の巡礼」を見せ、旅の成果と思い出を語ることはもはや永遠にかなわないという事実をバイロンは否が応でも受け入れざるを得なかった。
バイロンケンブリッジ大学で講師をしている友人スクロープ・デービスにチャールズ・マシューズとジョン・エーデルトンの死を悼むための宿を借りる手紙を出した。


ケンブリッジに到着し、誰に会うよりも先にジョン・エーデルトンが葬られたチャペルの墓地に赴き、バイロンは晩秋の木漏れ陽が揺れるエーデルトンの木の十字架を立てただけの墓の前に跪いて母の死以来初めての涙にくれた。


「『ハロルド卿の巡礼』の完成は間近だけれど、僕はこんなにも短い間に命を救っていとおしんだ者、青春を共に謳歌した者、そして僕を生んでくれた母を亡くしてしまった。」バイロンはこう思い、「ハロルド卿の巡礼」の脱稿がもたらすと信じていた自分の成長と完成がこのような形でも結実してしまった冷酷で非情な現実を呪った。


君もまた逝ってしまった。愛に値し、愛された君も!
私の青春、そして青春の愛慕の情はその君に向けられていたのに。
「ハロルド卿の巡礼 第二巻」第九十五節より

 

(読書ルームII(55)「第5話 小公子」に続く)

 

 

【参考】

XCVI.

Thou too art gone, thou loved and lovely one!

Whom Youth and Youth's affections bound to me;

Who did for me what none beside have done,

Nor shrank from one albeit unworthy thee.

What is my Being! thou hast ceased to be!

Nor staid to welcome here thy wanderer home,

Who mourns o'er hours which we no more shall see—

Would they had never been, or were to come!

Would he had ne'er returned to find fresh cause to roam![gd][200]

(CHILDE HAROLD'S PILGRIMAGE CANTO THE SECOND)