黄昏のエポック - バイロン郷の夢と冒険

かわまりの読書ルーム II

【読書ルームII(5) 黄昏のエポック- バイロン郷の夢と冒険】

第一話 レマン湖の月 (一八一六年夏 スイス 5/17)

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「閣下(ロード)、とうとうまた、お会いすることができました。これが私の姉メアリー・ゴッドウィン。こちらが姉の恋人で詩人のパーシー・ビッシュ・シェリーです。」
おどおどした青い目を見開いて憧れの先輩詩人バイロンを見上げたシェリーは握手をした後で左手に持っていた自分の詩本「アラスター、あるいは孤独の魂」をバイロンに差し出した。


二人の若い女性と赤ん坊まで加え、バイロンにとってはイギリスを立ってから初めての華やかな夕食を提案したのはシェリーだったが、シェリーは寡黙で、場を取り持つ才気溢れる話題を提供したのは思想家ゴッドウィンの実の娘メアリーだった。そしてメアリーの膝の上に乗っている乳呑み子のウィリアムが時折むずかって母親の話をさえぎるために、ゴッドウィンの養女クレアが助け舟のように会話を継続させ、二人の詩人、バイロンシェリーは終始無言で、時折、鋭い探り合いの視線を相手に投げかけるだけだった。


とうとう、メアリーは眠気のために機嫌が悪くなった赤ん坊を抱き上げて最上階にある一行の寝室に引き上げることになった。クレアは「私、お盆を借りてきます。メアリーに食事を持っていってあげるの。」と言い、メアリーがほとんど手をつけることができなかった夕食を運ぶための盆を借りに立ち上がった。シェリーはバイロンの目を真剣な眼差しで見つめて言った。
「僕の『アラスター』を読んでください。閣下(ロード)の作品からはいろんなことを勉強しました。これからも教えていただくことがいっぱいあると思います。」
こう言ってシェリーは立ち上がった。バイロンも口元をナプキンで拭うと立ち上がっていとまを継げた。


自室に戻ろうとしたバイロンは階段に行くまでの廊下で後ろから追ってきて声をかけたクレアから重大なことを告げられた。
「閣下(ロード)、私のお腹の中には閣下(ロード)の子供がいます。」
このようなことを妻以外の女から告げられるのはバイロンにとって初めてのことではなかった。しかしバイロンは、思想家ウィリアム・ゴッドウィンの娘を妊娠させたことと借金を生む原因になった学生時代のいくつかの不始末とを同等に扱っていいのかどうかわからず、一瞬途方にくれた。もう帰ってくるべくもないロンドンでの甘く苦い日々の名残がこのような形で英仏海峡を越えて自分を追ってくるとはバイロンは予想だにしていなかった。
* *

(読書ルームII(6) に続く)