黄昏のエポック - バイロン郷の夢と冒険

かわまりの読書ルーム II

【読書ルームII(6) 黄昏のエポック- バイロン郷の夢と冒険】

第一話 レマン湖の月 (一八一六年夏 スイス 6/17)

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同じ年の二月の初め、凍てつく夜のことだった。


妻との別居のこと、別居後の生活費、生まれたばかりの子供の養育費のことなど、数々の頭の痛い問題を弁護士と話し合い、頭に巣くった重苦しい気分を吹き払うためにいきつけの居酒屋で蒸留酒(スピリット)をあおり、酔って家に戻ったところ、玄関先に一人の少女が座っていた。
「私がクレア・クレアモントです。閣下(ロード)の熱烈なファンです。何通も手紙を差し上げたのですが、読んでいただけたでしょうか?」少女はこう言って立ち上がると握手を求める手を差し出した。家の前で自分の帰りを辛抱強く待っていた、自分の熱烈なファンであるという少女を追い返すことはできず、バイロンはクレアを中に招き入れざるを得なかった。


「手紙にも書きましたが、私は歌を歌えます。かなりうまいと言われるんです。」と、蝋燭の明かりに照らされて、眉毛が濃く浅黒いジプシー風の顔立ちのその少女は言った。
「ドルリー・レーン劇場に関わっていらっしゃると聞きました。私に歌う機会はないでしょうか?」
バイロンは少女の話を聞いてやり、遅かったので下僕を呼んでクレアを家まで送らせた。


それからもクレアは同じ方法で何度もバイロン接触を試みた。次の訪問の際にクレアは自分は思想家ウィリアム・ゴッドウィンの後妻の連れ子で幼いうちから養女としてゴッドウィンの訓育を受けたと語った。この事実によってバイロンは少女を丁重に扱わざるを得ないと感じるようになった。

 

早い時間にクレアと会うことができた時にはバイロンは歌を聞いてやった。クレアは歌を上手に歌いはしたが、大陸ではやっているような大掛かりなオペラに出演して聴衆の心を掴むほどの表現力や声量があるとは思えなかった。


そのうちにクレアは養父の実の娘である同じ年の姉メアリーの恋人が詩を書くので見てほしいと言った。バイロン自身は駆け出しの詩人だというクレアの姉の恋人のことはどうでもよかったが、思想家ウィリアム・ゴッドウィンと女性思想家メアリー・ウルストンクラフトの間に生まれたクレアの姉、つまりメアリー・ゴッドウィンその人には関心があった。しかし妻との別れ話とそれに伴う法律や財産上のもめごとの整理でメアリーやその恋人とは合う機会がないまま、バイロンは慌ただしくイギリスを後にしていた。


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(読書ルームII(7) に続く)