黄昏のエポック - バイロン郷の夢と冒険

かわまりの読書ルーム II

【読書ルームII(82) 黄昏のエポック- バイロン郷の夢と冒険】

第七話 レディー・キャロライン (一八一二年初-一八一四年、イギリス  1/16)


愛らしいワルツよ!汝のとろけるような調べを聞けば、
アイルランドのジッグも、古風なリガドゥーンも
スコットランドのリールも色あせ、
田舎の踊りなんかどうでもよくなる。
ただワルツの素敵な足取りがあるだけ。
ワルツ、ワルツ、ただワルツの中だけで腕と脚の両方が
自由な足と物惜しみしない手の動きを要求する。
目に見える空間を手はくまなく動き回り、
「明かりを消しましょうよ。」というとんでもない声まで聞こえる。
はるか彼方にきらめくシャンデリアの光は
あまりに遠く、私はあまりに間近にいる。
奇妙だが本当のこと、「私のおぼつかない足のほうが
暗闇の中ではしっかりしている。」とワルツはささやく。
ここではミューズの神もお行儀を忘れ、
一番長いペチコートを「ワ・ル・ツ」に捧げる。

「ワルツ」より


「私がノッティングハムで過ごした短い期間中、暴力が行使されたという知らせを受けずに半日暮らした日はありませんでした。そして私がノッティングハムを立った日、前日の夕方に四十件以上の工場設備が前触れも抵抗もないままに破壊されたという知らせを受けました。」
「これがわが国の現状なのだと私が信じるに足る理由があります。そして、このような過激な行為が恐るべき規模で行われている現状を認識した時、それらがまさにわが国を見舞っている未曾有ともいうべき困難な問題によって引き起こされているという事実を見のがすわけにはいきません。困窮に陥った人々は彼ら自らや家族や地域社会を脅かすような過激な行為に大挙して走らざるを得ないのです。かつては善良で勤勉だった人々のこのような行為こそは、彼らの間に存在する、自らの力では如何ともしがたい困窮によって引き起されているのです。」
「彼らはもの乞いをすることを恥じてはいません。しかし、もの乞いによって状況が改善されるわけではありません。生活手段を奪われ、かつて従事していた職を奪われた彼らが採っている過激な行動は、いかに嘆かわしく非難に値しようとも、驚くにはあたらないのです。」
「見聞きすることのできるこういった事件は、まだ鞘から出されていない災難の最初の徴候であり、神による警告と見ることができます。目下採用されつつある手段はその災難を鞘から出す結果を招いてしまうでしょう。しかし、もし破壊活動の初期の段階において妥当な協議がなされ、これら労働者たちの困窮と彼らの雇用者の問題、労働者と同様に困窮を抱いているその雇用者たちの問題を公正な秤に掛け、適切な考察がなされるならば、彼ら労働者たちを本業へと復帰させ、国家が平静を取り戻すための手段が必ずや創出されるであろうと私は考えるのです。力による抑止は議論の最低の結果でしかありません。力による抑止はは最後の手段となるべきです。しかし、この法案においては力による抑止が真っ先に採用されているではありませんかlxix[1]。」


バイロンが演説を終えた時、赤い緞子の垂れ幕で飾られた貴族院議会場の約三分の二を埋めている議員の中からの拍手はまばらだった。衆議院で行われたのならば盛大な拍手を受けたかもしれないバイロンの演説に関心を示す貴族院議員は少なかった。しかしバイロンは「これは僕の政界での処女演説なんだ。」と落胆もせず、ただ肩の荷を下ろしたような気持ちで演壇を降りた。バイロンは成年貴族として政治家の道を当然のごとく歩み初めていた。バイロンは低落傾向にあった進歩(ホィッグ)党内部で新鋭としての期待を集めていた。高貴な容姿とよく通る表現豊かな声、そして何よりもバイロンには文章を書く才能があった。しかし、小ピットが首相だった十七世紀後半、それまでは進歩(ホィッグ)党を支持層していた都市の商工業者という強力な政治基盤が王党(トーリー)派に吸収され、その間隙を埋め合わせるに足る新たな綱領と支持層を見つけることが進歩(ホィッグ)党にとっの大きな課題だった。しかも、政党政治に非協力的だった国王ジョージ三世がアメリカ独立などによる心労から病に倒れ、その息子で父王に対して常に反対姿勢を取り、後のジョージ四世となる皇太子が一八一一年に摂政を開始した直後、皇太子は現ハーノーバー王朝開始に多大な功績があった進歩(ホィッグ)党の期待を裏切って王党(トーリー)派に肩入れしていた。進歩(ホィッグ)党は確乎たる新綱領を確立できないまま、体制維持のための保守的な提案全てに反対と疑問を投げかける政党となっていた。ただ、名誉革命lxx[2]からハーノーバー朝成立lxxi[3]に至る過去の栄光の再現を夢見る進歩(ホィッグ)党員たちは、集まりだけは欠かすことがなかった。進歩(ホィッグ)党はその誕生の時から王権の制限を主張し、貴族や有識者による合議を重んじる政党だった。王党(トーリー)派が提出した生産設備破壊防止法に反対する処女演説を終えた後、バイロン貴族院議会場を退出し、セント・ジェームズ街にあるアパートで服を着替え、進歩(ホィッグ)党員の溜まり場であるホランド男爵の館へと向かった。終わったばかりの処女演説に関して、バイロンホランド卿と事前に綿密な打ち合わせをしていた。ホランド卿はバイロンが最も主張したかった信教の自由、特にアイルランドカトリック系住民の差別反対の主張は処女演説としては適当ではないとしてこのテーマに難色を示し、結局バイロンはイギリス全土に横行していた労働者による生産設備打ち毀しの真意を探り、糊塗的な抑止法案に反対する演説を行うことにした。

(読書ルームII(83) に続く)

 

 

【参考】

(イギリス)ジョージ三世 (ウィキペディア)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%82%B83%E4%B8%96_(%E3%82%A4%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B9%E7%8E%8B)?wprov=sfti1

 

以前にも書きましたが、現在至るまでに消滅したイギリスの歴史的政党である「ホイッグ党」に「進歩党」という訳語を与えたのはわたしの独断と偏見によるものです。

 

映画ルーム(159) 英国万歳! 〜 王朝初の英語を話す英国王… 5点

 

From "The Waltz: An Apostrophic Hymn"

    Endearing Waltz!—to thy more melting tune  

 Bow Irish Jig, and ancient Rigadoon. [12] 110  

 Scotch reels, avaunt! and Country-dance forego  

 Your future claims to each fantastic toe!   

Waltz—Waltz alone—both legs and arms demands,  

 Liberal of feet, and lavish of her hands;  

 Hands which may freely range in public sight  

 Where ne'er before—but—pray "put out the light."   

Methinks the glare of yonder chandelier   

Shines much too far—or I am much too near;  

 And true, though strange—Waltz whispers this remark,   

"My slippery steps are safest in the dark!" 120   

But here the Muse with due decorum halts,

  And lends her longest petticoat to "Waltz."