黄昏のエポック - バイロン郷の夢と冒険

かわまりの読書ルーム II

【読書ルームII(87) 黄昏のエポック- バイロン郷の夢と冒険】

第七話 レディー・キャロライン (一八一二年初-一八一四年、イギリス  6/16

 

メルボルン・ハウスを初めて訪れてから二、三日ほど後からバイロンのアパートにはいろいろな社交場からのバーティーの案内が届くようになった。
「ある朝、目覚めたら自分は有名になっていた・・・こんな気分だ。」とバイロンは思った。招待されたパーティーでラム夫人に出会ったこともあった。そんな時、ラム夫人はメルボルン・ハウスの時と同様、バイロンの隣に腰掛けて離れることがなかった。メルボルン・ハウスで再会した時にはラム夫人は当然のごとくにバイロンを自分一人だけの話し相手にしようとした。二人はいつでも文学について語った。


あるパーティーバイロンは摂政皇太子に出会った。皇太子は娘のシャーロット王女が「ハロルド卿の巡礼」にいたく感動したと謝辞を述べ、自分が主催するパーティーバイロンを是非招待したいと言った。バイロンは二つ返事でこの招待を受けたが、実際に皇太子の招待状を受け取った時には飛び上がってホランド卿のもとに駆けつけないわけにはいかなかった。ホランド卿はバイロンに「病気でも何でもいいから理由をつけて断れ。」と言った。そこでバイロンはパーティーの前日に病気を理由に招待を断り、翌々日の貴族院議会には出席した。バイロンが以前から関心を持っていたアイルランドカトリック教徒への対応について協議がなされ、仕事でアイルランドに滞在しているホブハウスが短期休暇を取って傍聴に来ることになっていた。

 

バイロンの登院回数は地中海旅行に出発する前から合わせると二十回を越え、バイロン貴族院のけだるい討議にはいつでも辟易していた。しかしこの日、公に出版された最初の詩本「イングランドの詩人とスコットランドの批評家」が版を重ね、「ハロルド卿の巡礼」の出版が成功して、バイロンは強気になっていた。この日の討議は夜遅くまでだらだらと続いたが、バイロン一人が議場に響き渡る爽やかな声と議場を沸かせるユーモアで質疑した。

 


「お疲れ様。」と議場を出たバイロンと落ち合ったホブハウスは言った。「今日は一人で頑張っていた感があるけれど、あんなことずっと続けるつもりか?」
「あの爺さんどもをマンネリから脱却させないといけないんだ。」とバイロンは答えた。
「しかしなあ、ホランド卿があれでいいと言うんならあれでいいのかもしれないが、あれじゃ君はまるで道化師じゃないか。」
「みんなが僕みたいにめりはりのある質疑応答をすればそれでいいんだ。」
「そりゃ、無理だよ。君が一人目立って反感を買うだけだ。」
「みんなを笑わせて刺激して反感を買うんだって?」バイロンがこう言った時にホブハウスは真顔になってバイロンのほうに向き直った。
「めりはりのある質疑だけで反感を買うことはないだろう。でも、君が陰でやっていることを議場にいたほとんどの人間は知っているんだぞ。」
バイロンは思わず歩く足を留めて親友の顔を見つめた。ホブハウスは続けた。
「君は未来の首相として嘱望されているウィリアム・ラム卿の奥方に手を出している。ロンドンの社交界でそのことを知らない者はいないんだ。君が『ハロルド卿の巡礼』を発表していなかったらこの噂は進歩(ホィッグ)党内部だけでのゴシップで済んだかもしれない。君を追いかけまわしている夫人の夫が将来を嘱望されている政治家でなければ誰も気にも留めないかもしれない。でも不幸にして、君の情事にはウィリアム・ラム卿や進歩(ホィッグ)党の評判を落とす全ての要素が含まれているんだ。少し自重したまえ。」
ホブハウスの厳しい言葉にバイロンには内心忸怩たるものがあったが、忠告自体には反発しないわけにはいかなかった。バイロンは言った。
「ダンス・パーティーの席上で踊れない僕の話し相手になってくれと彼女に頼んだわけじゃない。」
「君にとっては迷惑だとでも言いたいのか?」
バイロンは答えなかった。バイロンは自分とラム夫人との間のことが噂になっているということには気づいていたが、そのこととウィリアム・ラム卿の将来、そして進歩(ホィッグ)党の評判とを結びつけて考えてみたことはなかった。悩んだ末、バイロンはラム夫人の姑のメルボルン夫人に相談を持ちかけることにした。バイロンメルボルン夫人宛ての手紙をしたためた。


「親愛なるメルボルン子爵夫人

あなたもよくご存知と思われるある問題について、折り入ってご相談したいことがあります。キャロが不在の時に二人きりでお会いできたらと思います。

男爵 G. G. バイロン

(読書ルームII(88) に続く)