黄昏のエポック - バイロン郷の夢と冒険

かわまりの読書ルーム II

【読書ルームII(112) 黄昏のエポック- バイロン郷の夢と冒険】

(第八話 暴風雨 (一八一八年 ~ 一八二二年 イタリア 15/17 )

 

その後の四日の間、バイロンはハント家のことはシェリーとウィリアムズに任せっきりで、ガンバ伯爵父子が国境の外で必要とするものを買い揃えたり、自分の屋敷で預かれるものを運ばせたりする用を使用人たちに言いつけ、監督を行った。ハント家の人々とテレサとの軋轢もガンバ父子が無事にトスカナの国境を越えるまではお預けにして、バイロンはランフランチ邸には寝るためだけに戻った。


嵐のような四日間の猶予期間が過ぎ、ガンバ伯爵父子がトスカナからの退去の命令を受けた日から五日目、バイロンはガンバ伯爵父子を国境からほど遠くない仮の滞在地であるルッカに送りとどけた。テレサは来なかった。「さようなら(アッディオ)。」と言って二人を見送ってから、バイロンは従者と共にトスカナの国境からピサのランフランチ邸には寄らずに真っ直ぐに別荘に戻り、疲れのためにベッドに頭をつけるなり眠りに落ちた。


翌日は夏に入ってから変ることのない晴天だった。朝早く目覚めたバイロンは書斎の机に向かうとまず、原稿を整理した。「ドン・ジュアン」の第六巻から第八巻までの原稿を整理し、先を書き進む作業と筆写をどのような手順で行おうか思案した。そして、いつもどおり朝食を抜いて早めに昼食をすませた後、うだるような暑さの中で午睡を取り、午後遅くなってから目覚めた。バイロンは昨日、猛暑の中で酷使した馬のことが心配になったので馬屋に赴いた。すると、シェリーとウィリアムズに貸した馬が戻っていた。自分が午睡を取っている間に二人が馬を返しにきて、眠っている自分を起こすのを憚って挨拶もせず、そのまま近くの埠頭に留めてあった、「ドン・ファン号」と船体に記されたままのエアリエル号に乗って帰宅したのだと思い、バイロンはそれ以上のことは考えなかった。シェリーとウィリアムズは一週間、ハント一家の面倒を見るつもりで妻たちにもそう言ってあると語っていたが、ハントのことが心配になるか、あるいは買ったばかりのヨットに乗りたくなってすぐにまたやってくるのに違いなかった。バイロンは気の赴くまま昨日とは別の馬に乗って外の散策に出かけた。


七月に入ってからの狂奔を思い出し、バイロンはほっと息をついた。狂奔は七月に始まったことではなかった。六月に入ってから、日照りが続いたせいでどこの井戸も水が枯れ、使用人たちに遠くの山際まで水を汲みにやらせる必要が生じていた。暑さも手伝って、使用人たちの間で喧嘩や水汲みをめぐる争いが頻繁に起きていた。
「この夏の狂奔全てがわれわれ全員を発展に導いてくれるのならば何でもないことだ。カンバ親子と協力できる日もきっとすぐにやってくる。」とバイロンは思った。ピサにいるテレサとハント一家もこの暑ささえどうにかしのいでくれれば、そして涼しい秋がくれば全てがうまくいく、とバイロンは思おうとした。その時、ぽつりぽつりと雨が降リ出した。バイロンが馬の歩調を速めるうちに、風が強くなり、空がにわかにかき曇り、雨は急に大粒になってバイロンが馬に乗って歩んでいる田園の、あたりは一面驟雨に覆われた。バイロンがあたりを見回すと一軒の小屋が目に入った。小屋まで駆け足で馬を進め、馬を下りて扉をそっと押してみると小屋は農具などを置く場所らしく、農民が扉を開け放しにしたままで農作業に出かけたのか、中には人気がなかった。バイロンは中に入り、馬具が雨に濡れないように馬も中に引き入れた。バイロンがこのような場所に身を置くのは初めてではなかったが、藁の山に身を寄せたのは遥か昔のことだった。バイロンには藁の匂いが懐かしかった。バイロンは親友ホブハウスや小姓のロバート・ラシュトンと三人でスペインを旅行した時にもこのような場所で一夜を明かしたことがあったのを思い出した。しかし、かつて一人でこのような場所に留まった時のことは追憶の彼方でほろ苦い思いに包まれていた。


外は暴風雨になり、時折雷がなっていた。三十分が過ぎた。雷は止み、雨はだいぶ納まってきたようだった。バイロンが小屋の外に顔を出すと雨は止んでいたが、湿った風だけが時折強く吹いていた。バイロンは馬を引いて小屋から出すと馬にまたがって別荘を望む高台を目指した。丘の一番高い地点にまで来るとバイロンは馬を止めた。ティレニア海の上に広がる西の空を真っ赤に染めて太陽が沈もうとしていた。南南西の方角の海を望むと、煙った視界のかなたにエルバ島c[20]とコルシカ島ci[21]が霞んで見えた。北東の彼方の内陸にはガンバ伯爵父子が一時の落ち着き場所にしたルッカが、北西にはサヴォイ公国の一部となっている港町ジェノバがあった。バイロンはこの地をこよなく愛していた。
「命ある限り、私は希望を捨てない。ピエトロも同じだろう。ナポレオンがそうだったように・・・。」バイロンは自分自身に言い聞かせると自分の別荘へ戻るために馬を進めた。


四日後、父ガンバ伯爵や弟ピエトロと別れ、同居人のハント一家とも相入れずに寂しく暮らし始めたテレサが夕涼みにランフランチ邸のバルコニーにたたずんでいると、一台の小さな馬車がバルコニーのすぐ下に乗り付け、中から二人の女性が出てきた。先に下り立ってバルコニーに立っているテレサを見上げたのは大理石のように蒼白な顔をしたメアリー・ゴッドウィン・シェリー、もう一人はエドワード・ウィリアムズの妻、ジェーンだった。
シェリーをご存知ありませんか?一週間で戻ると言ったのにまだ家に戻らないんです。」とメアリーはイタリア語で絶叫した。
「四日前にここを立たれました。その後、何も聞いていません。」とテレサはバルコニーから叫び返した。バイロンシェリー、ハントの三人の間、そして、バイロンテレサとの間には頻繁に使者のやりとりがあり、三箇所に別れて住むこれらの人々の消息が三日以上途絶えることはないはずだった。しかしシェリーとウィリアムズとが何かの用でバイロンの別荘に滞在することにして、そのことを使者が伝え忘れた可能性もあった。ただ、夕闇の中に浮かんだメアリーの幽霊のように蒼ざめた顔を見た時にテレサの背中に冷たいものが走っていた。
「すぐに大きな馬車を用意させましょう。バイロン卿のところに行くのよ。」とテレサはこう言ってバルコニーのある二階から階下に駆け下りた。
(続く)

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【読書ルームII(111) 黄昏のエポック- バイロン郷の夢と冒険】

(第八話 暴風雨 (一八一八年 ~ 一八二二年 イタリア 14/17 )


「二週間ほど前、あれは六月十六日でした。メアリーが昼前に腹が痛いと言い出したので寝室に寝かせて、僕が書斎で『生の勝利』の始めのほうを書いていると突然、寝室からメアリーのものすごいうめき声が聞こえたんです。僕が飛んでいくと、メアリーが下半身を血まみれにして苦しんでいるじゃないですか・・・。それで僕はどうしたと思いますか?」
「さあ・・・。」とバイロンは言ったが、話の内容をすでに知っているらしいウィリアムズは微笑していた。

「すぐにメアリーを抱いて下の台所に連れていきました。それから彼女を素っ裸にして、ここからが肝心なところなんですが、下女に手伝わせてメアリーの出血が止まるまで、井戸から冷たい水を汲んできては彼女の腹に水をかけ続けたんです。台所の床が川みたいになりましたが、メアリーの命には代えられませんでしたから。」
「すごい話しだな。」とバイロンが言った。
「僕じゃないとできなかったでしょう。」とシェリーが得意そうに言った。
「うん。医者だったらこんなことは到底思いつかなくて、メアリーはどうなっていたかわからない。」
「僕は無駄に化学や生物学の本を読んでいたわけではありませんでした。今、彼女に命があるのは僕の知恵の賜物です。」
「それから、君の愛情・・・。」とバイロンが言った。
「メアリーはまだ二十五歳ですから、体が元に戻ったら子供なんていくらでも作れますよ。だから、閣下が『残念だ。』とおっしゃった時に僕は思わず聞き返してしまったんです。生きているということは本当に素晴らしいことです。」シェリーはこう言うと悪戯っぽく片目をつむってみせた。
寝室に向かう途上、シェリーの話を聞いてバイロンも満足していた。
シェリーはこれで良かったんだ・・・。」とバイロンは思った。「リー・ハントは来たし、メアリーともこれからは仲良くやっていけるだろう。シェリーは現代版の『神曲』になるかもしれない『生の勝利』を完成させ、散文で社会批判もする。シェリーとの意見の相違についてのリー・ハントの意見を聞けるし、イタリア人の自由主義者の考え方を組織的に知ることができるようになるだろう。」


翌朝、バイロンが予想していたとおり、リー・ハントが現金を全く所持していないということがわかった。リー・ハントにとりあえずの小遣いを与えた後、必要なものを取り揃えようとするハント夫人と従者の間に立ってバイロンは通訳まですることになった。ところが、午後になり、ガンバ伯爵家の従者が気が動転した様子でバイロンを訪ねてきた。
「どうした?」と尋ねたバイロンに従者はがっくり肩を落すと言った。
「閣下(シニョーリ)・・・。伯爵様親子がトスカナから退去するよう裁判所に命令されました。四日間しか猶予を与えられていません。」
バイロンはこのような不当な扱いを薄々予測してはいたが、やはり残念に思った。ガンバ伯爵父子がラベンナから追放処分を受けた時には二十四時間の猶予しか与えられなかったが、今回は四日の猶予があるのでバイロンも何かと手助けができた。
「ここはシェリーとウィリアムズがいるからどうにかなる。後のことをと従者たちに言いいつけたらすぐにそちらに行くと伯爵に伝えてくれ。」バイロンがこう言うと従者はさらにつけ加えた。
「伯爵様から閣下(シニョーリ)にお願いするよう承っております。お嬢様を夏の間だけでも閣下のお屋敷に住まわせてほしいとのことです。」
バイロンはリー・ハント一家の大家族が越してきたせいで騒然となっている自宅にさらにテレサが加わったらどうなることかと頭を抱えた。しかし、困惑しているガンバ家の人々を助けないわけにはいかなかった。
「伯爵にどうぞ、と言ってくれ。ただし、イギリス人の家族と一緒だけどね・・・。」
「では、伯爵様にお使えできる日も残り少なくなりましたが、精一杯お勤めしに戻ります。」こうして、自分自身の雇用のことで頭が一杯になっているガンバ家の従者は去っていった。

 

ガンバ家の屋敷の中は上を下への大騒ぎだった。使用人たちの中にはたった四日の猶予で解雇を言い渡され、途方に暮れて涙ぐんでいる者もいた。ピエトロはバイロンを見つけると近寄ってきて言った。
「僕のためにご迷惑をおかけしてすみませんでした。」
「何を言っているんだ。元はと言えばうちのヴィンツェンツィオ・ピッパがやったことじゃないか・・・。」
「いいえ、ガンバ家のような国粋主義者の家系に生まれた僕らが、風見鶏みたいなグィッチオーリのような人間とは相入れずに、時代が変っても頑なに信念を変えなかったせいなんです。でも、僕はローマにいた間に南イタリアの連中とよく話し合いました。イタリアは一つだと・・・。僕らはジュリアス・シーザーの時代の夢を見ているだけなのかもしれません。でも、シーザーやナポレオンみたいに外国を侵略しようなんて野心はありません。それなのに、裁判官や役所の連中からピッパに殴られた下士官に至るまで、みんなイタリア人のくせにオーストリアに味方して僕らを敵扱いするんです・・・。」
「ピエトロ・・・。」と、言ってバイロンは初めて出会った時よりも背丈が伸びて男らしくなったピエトロの両肩に手を置いた。
「君が信じてきたこととやってきたことは正しい。これからも信念を持って生きるんだ。そのうち、きっとまた一緒になって協力しあうことがあるだろう。」
「はい、閣下(シニョーリ)。どうか、姉をよろしくお願いします。」
夜になってランフランチ邸に戻ると、すでに衣類などを満載した馬車とともにテレサが到着していて、ハント夫人との間でものすごい口論が始まっていた。ただし口論とは言っても、テレサは英語が話せず、ハント夫人はイタリア語を話さないので、意志の疎通がないままお互いにわめきあっているだけだった。ハント夫人は自分たち一家が先に到着したことを盾に、豪華なドレスや調度品などを運び込んだテレサを責めていた。テレサテレサでハント家の子供たちの行儀の悪さを非難していた。バイロンはまず二人をなだめ、それから屋敷の中でのハント家とテレサの居住区域を定め、二人を納得させた上で今度はガンバ家のほうへと急いだ。

(続く)

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【読書ルームII(110) 黄昏のエポック- バイロン郷の夢と冒険】

(第八話 暴風雨 (一八一八年 ~ 一八二二年 イタリア 13/17 )

 

夕食の後で長旅で疲れきったハント家の人々はさっさと寝室に引き下がり、バイロンシェリー、ウィリアムズの三人が居間に残った。シェリーは上機嫌だった。
「彼が創刊する雑誌はきっと、うまくいきますよ。」とシェリーは言った。「僕は彼に協力するためだったら原稿取りの使い走りの役までやりますから。」
「うまくいくといいな。」とバイロンが言った。バイロンは年の初めに長年付き合いがあった出版者のマレーに丁重に出版を断られた「決定版、審判の幻影」を出版してくれる出版者をまだ探していた。しかし、リー・ハントが雑誌を創刊するからといって、その雑誌に「決定版、審判の幻影」の掲載を依頼することには気が進まなくなっていた。その理由は、シェリーの懇願によってバイロンがすでにハント一家の渡航費用のかなりの部分を負担し、その上自宅まで無料で提供しているからに他ならなった。リー・ハントの雑誌に「決定版、審判の幻影」の掲載を依頼することは、バイロンにとって自分の作品を金を払って出版してもらうのに等しい気がした。また、リー・ハントが発行する雑誌というのは急進的な自由主義を主張する評論を発表するのが目的だろうとバイロンは予想していた。そこで、バイロンシェリーに尋ねた。
「ところで、君は評論を寄稿するのか?」
「散文と詩の両方です。去年、僕はピーコックxcvi[16]に対抗して詩論を書きました。この詩論はそのままでは長すぎますから、リー・ハントの雑誌の目的に添った部分だけ抜粋して書き直してみるかもしれません。それから三韻句法(テルツァリ マ)で長詩を書いています。『生の勝利』という題名なんです。ヴェルギリウスに導かれたダンテの地獄から天国に至る旅xcvii[17]を模倣しているんですが、僕の作品はもっと近代的で、僕の案内役はジャン・ジャック・ルソーです。閣下の『決定版、審判の幻影』はもしかしたらリー・ハントの雑誌の創刊号に掲載されるかもしれませんが、その次には僕の『生の勝利』を掲載できるよう頑張って書いています。閣下は三韻句法では詩を書かれないですか?」
「僕は目下、八韻句法(オッタヴァリ マ)xcviii[18]に凝っているからね・・・。」とバイロンは答えた。
「僕は閣下に三韻句法(テルツァリ マ')の作品をなるべく早く書いていただこうとは思いません。ダンテは三韻句法で百巻からなる『神曲』を書きましたが閣下は八韻句法(オッタヴァリ マ)で『ドン・ジュアン』百巻を書いてください。」
「冗談じゃない。」
三人はこう言って笑いあった。

 

シェリー。」トバイロンが言った。
「君は『エウガネイの丘にて』で完全にワーズワースを超えたね。」
「そうでしょうか?」とシェリーが答えた。
ワーズワースは湖や空が美しいと言う。それだけだ。でも、君の詩からは自然とそこで生きる人間との関わりが感じられる。人間がいるからこそ自然には意味があるんだ。言い換えれば、人間が自然に意味をもたせる。君は自然の意味を描くことに成功している。」
「ありがとうございます。」とシェリーは素直に言った。
「閣下はキーツをお嫌いなようなので『アドニス』は評価していただけなかったかもしれませんが、
アドニス』を書いた時から僕は死を超える永遠について考えてきました。今度の『生の勝利』では生きることの意義を徹底的に追求したいと思います。」
「頑張れよ。」とバイロンが言ってグラスを掲げたのでシェリーとウィリアムズもそれに倣った。
「ところで・・・。」とウィリアムズがバイロンに尋ねた。
「閣下はせっかく購入されたボリバル号で航海なさらないんですか?」
ウィリアムズのこの質問はバイロンにとっては痛かった。六月半ばにボリバル号がジェノバの船舶工場から別荘近くの埠頭に届けられてから間もなく、バイロンが散歩に出かけたついでにボリバル号を見に行くと、ボリバル号の船体に大きな貼り紙がしてあった。
「この船で近海を航行することを禁じる。 警察署」
バイロンボリバル号でシェリーの別荘を訪ねることができない理由を説明した。
「近海でなければ航行してもいいんだそうだ。あるいは一度航海に出たら二度と戻ってくるなという意味でもあるらしい。ベネズエラxcix[19]にでも行ってしまえ、ということらしい。」
「それは残念でした。」とシェリーとウィリアムズが口々に言った。
「君たちは、一週間ほどしたらヨットでうちに帰ると言っていたが、またリヴォルノ経由でピサに来るんだろう。そしたら、シェリー、そのときには『生の勝利』を始めのほうだけでもいいから見せてくれたまえ。」とバイロンは言った。
「もちろんです。でも、写しがいつできるのかわからないんです。」とシェリーが答えた。
「メアリーがいつでもやってくれるんだろ。いいな、君は自分で筆写をしなくていいから。」とバイロンが言うとシェリーは真顔になって言った。
「メアリーは今、筆写ができるような状態じゃないんです。彼女は二週間前に流産して、まだ寝たり起きたりの生活をしています。だから、今日も手伝いに来られなかったんです。」
「流産か・・・それは残念だった。」とバイロンが言うと、驚いたことにシェリーはいきなり甲高い声で「何ですって!」と叫んだ。しかし、すぐに表情を和らげて言った。
「そうか、また子供を亡くしたから『残念だ。』とおっしゃったのですね。でも、僕にとってはメアリーが死ななかったことが幸いなんです。ちょっとした英雄譚なんですが聞いていただけますか?」
こう言ってシェリーは話し始めた。

(続く)

https://kawamari7.hatenablog.jp/entry/2021/09/06/195933

【読書ルームII(109) 黄昏のエポック- バイロン郷の夢と冒険】

(第八話 暴風雨 (一八一八年 ~ 一八二二年 イタリア 12/17 )

 

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[現在のリヴォルノの入江から対岸を望む。対岸にバイロンの避暑地があった。]

 

「閣下(ロード)。」とシェリーが言った。バイロンが振り向くとシェリーは続けた。
「リー・ハントがとうとうイタリアに来ることになりました。」
リー・ハントがイタリアに来るという話しは、前年の冬にシェリーに「決定版、審判の幻影」の写しを見せた時にすでに聞いていたが、その後のいろんな出来事やアレグラの死によってバイロンは自分の創作以外の面倒なことに関わる意欲を失っていた。
「それで・・・?」とバイロンはわざととぼけて聞き返した。

「閣下(ロード)はリー・ハントが大きな仕事をここですると思われないのですか?」
「さあ・・・。」
自由主義を擁護する評論や文芸作品を掲載する雑誌を発刊するんですよ。」
「誰が寄稿するんだ。」
「閣下や僕や、イタリア人の自由主義者、そしてメアリーも子育ての傍ら、母親を超える文筆家を目指して努力しています。」
バイロンはまた海を見つめた。バイロンにはシェリーとウィリアムズの目的が薄々理解できていた。シェリーはリー・ハントをその大家族と共にイタリアに連れて来るための協力を要請しにきたのだとバイロンは思った。バイロンと長年付き合いのあった出版社の経営者マレーとの間の関係は、一年前に発行された「ドン・ジュアン」の第五巻に多数の誤植が発見されて以来、ぎくしゃくしていた。自分が抱えている出版社との問題、とりわけ過激な内容の「決定版、審判の幻影」の出版の問題などの弱みなどをシェリーは知り尽くした上で自分に更なる援助を要請しにきたということがバイロンにはわかっていた。「小賢しいやつだ。」とバイロンはいまいましく思った。しかし、リー・ハントがイタリアに来ると決めてその計画の最初の頃に賛意を示してしまった以上、今さら、その気になっているリー・ハントやシェリー、その他協力を申し出た人々を落胆させるわけにはいかなかった。バイロンシェリーのほうを振り向くと言った。
「住む家なんかを確保してほしいというんだろ。」
シェリーは黙ってウィリアムズのほうを見た。
「ランフランチ邸をしばらくの間、無料で貸そう。」とバイロンは静かに言った。
シェリーとウィリアムズは肩の荷が降りたとでもいうような表情で帰っていった。バイロンはできの悪い子供に金をねだられては断れずに子供の言いなりになっている親のような気分になり、困惑していた。しかし、ピクニックの際の事件でシェリーに怪我をさせたこと、その時に自分が行った自由主義を標榜する演説、アレグラの死など、すべてがバイロンの立場を弱くしていた。


シェリーとウィリアムズが次にヨットに乗ってバイロンの別荘を訪れたのは七月一日だった。従者が二人の到着を知らせるのとほとんど同時に玄関先でシェリーの甲高い声が響いた。
「閣下(ロード)。リー・ハントがとうとうやってきました。リヴォルノで僕たちを待っています。昨日、ジェノバに到着して、すぐにリヴォルノ行きの船に乗ったと知らせてきました。」
シェリーとウィリアムズが訪れた時、バイロンは執筆に没頭していたわけではなかったが、ピクニックでの事件の責任を一身に背負わされたピエトロと父ガンバ伯爵が翌日七月二日にその件でリヴォルノの裁判所に出頭することになっていて、バイロンはそのことで頭がいっぱいだった。二人は過去三ヶ月間にフィレンツェの裁判所にも召還されていたが、バイロンフィレンツェのイギリス公使などを通じて二人に有利に事を運ぼうとしたのにもかかわらず、結果は芳しいくはなかった。しかし、シェリーと共にリー・ハントとその一家を招き、しかも自分が住んでいる場所を一時期ハント一家に明け渡すことにした以上、一家が落ち着くまで面倒を見ないわけにはいかなかった。


バイロンは四頭立ての馬車に御者をつけ、シェリー、ウィリアムズと一緒に騎馬で入り江の向こうのリヴォルノの港に赴いてリー・ハント一家を出迎えた。ハント一家は牧師の息子で苦学して評論家の地位を築いたやせぎすのリー・ハント、顔色が悪くて咳ばかりしているその妻マリアンヌ、そして外国についたせいで興奮してわけもわからず騒ぎ立てている六人の子供からなっていた。リヴォルノからピサまでは十マイルほどの道のりをハント家の一行と荷物を乗せたバイロン馬車はバイロンシェリー、ウィリアムズの三人の馬に守られて歩み、一行は無事、バイロンが通常居住するランフランチ邸に到着した。
バイロンは「決定版、審判の幻影」の原稿をリー・ハントに渡すことを忘れなかった。バイロンシェリーのようにリー・ハントから恩を受けているわけではなかったが、かつてリー・ハントとその兄が出版物のせいで投獄された時にはしばしば面接に赴いたことがあり、古今の話題がつきなかった。


六人の子供を含めた賑やかな夕食の際、到着を祝って乾杯をしようとバイロンが従者に蒸留酒を振舞わせたが、生真面目なリー・ハントとハント夫人は蒸留酒を断ってグラスに半分ほどのワインで乾杯した。屋敷に到着した時からバイロンは、理想主義者の夫に従順に使えるハント夫人が邸内を見回す際の贅沢を蔑むような目つきが気にいらなかった。

(続く)

https://kawamari7.hatenablog.jp/entry/2021/09/06/195838

 

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[リヴォルノの一風景]

【読書ルームII(108) 黄昏のエポック- バイロン郷の夢と冒険】

(第八話 暴風雨 (一八一八年 ~ 一八二二年 イタリア 11/17 )

 

シェリー、メアリー、すまなかった。」と揺れる蝋燭の灯の前で頭を抱え、バイロンは呻いた。
「君たち二人はアレグラを、生まれてから一年以上の間、自分たちの子供とわけへだてなく育ててくれた。アレグラの死は君たちにとっても痛手だろう。でも、シェリー、お願いだ。もう一つ願いを聞き届けてくれ。アレグラの死をクレアに知らせるというつらい役を引き受けてくれ。」
バイロンはこう呟くとラベンナからの使者から渡された小さな封筒に今一度、蝋で封をし、封印を押した。封印が固まると封筒を裏返し、表の「ジョージ・ゴードン・バイロン卿」というあて名を線で消し、「パーシー・ビッシュ・シェリー殿」に書き換えた。「明日、使いの者にシェリーのところにもっていかせよう。」


夜が明けようとしていた。閉じられたカーテンと鎧戸の隙間から朝の光がわずかばかり差し込んでいた。バイロンはアレグラが生まれてから二ヶ月の間、「アルバ(夜明け)」と呼ばれていたことを思い出した。「さようなら。夜明けのようにはかなかった私の束の間の幸せ(アレグラ)・・・。」バイロンはこう言って鎧戸の隙間から外を垣間見たがすぐに書き物机の前に戻った。書き物机の中からバイロンは完成して写しを取るばかりになっている「ドン・ジュアン」の第六巻と第七巻、そして執筆途中の「ドン・ジュアン 第八巻」を取り出した。バイロンの分身、ドン・ジュアンには娘がいなければならなかった。バイロンは「レイラ」と名づけることにした幼女とジュアンとの出会いを想像してみた。アレグラの死の報告を受けてからしばらくして、バイロンシェリー夫妻を避けるために、ピサから遠くない静かな海辺に別荘を探し始めた。


シェリーがバイロンから転送された修道院からの手紙を開封した時、フィレンツェで働いているクレア・クレアモントが偶然シェリーの家に滞在していた。手紙を読み、手紙を受け取った時の悪い予感が的中してシェリーは蒼ざめたが、メアリーとクレアの前では何食わぬ様子を装うことにした。クレアに真実を告げる前にまず自分の気持ちを整理する必要があった。シェリーは、クレアがバイロンにばったり出会ったりしないようにするために、バイロンが同様の理由で同じことをしているとは知らないまま、ピサの郊外の海辺に夏の別荘を探し始めた。メアリーとクレアにでたらめな言い訳をする必要は全くなかった。元海賊のトレローニーの奨めで友人ウィリアムズと共同で購入したヨット「エアリエル号」がもうじき完成して届けられることになっていた。ヨットが到着したら、毎日でも航海を楽しみたいとシェリーは考えていた。


イタリアの燦々と降り注ぐ太陽が日差しの強さを増し、鎧戸を下ろした室内で蝋燭の明かりを頼りに執筆することが熱さのために耐えられなくなり、バイロンは必要な持ち物をまとめて四頭立ての大型馬車で海沿いの別荘に移った。シェリーとのつき合いで購入したスクーナー船、ボリバル号がもうすぐ完成して手元に届くことになっていたので、バイロンは港町リヴォルノを望む静かな漁村の埠頭の近くに別荘を見つけていた。

 

アレグラの死の衝撃はまだ癒えていなかったが、バイロンは自分の分身である長詩「ドン・ジュアン」の主人公が養女を迎えることに物語詩の筋を設定し、ジュアンが養女に与えられる限りの愛情を与える様子を描いた。バイロンが創作に励んでいた六月のある日、従者がシェリーとウィリアムズが尋ねてきたと執筆中のバイロンに告げた。
「やあ、久しぶりだな。」とバイロンは言って二人を迎えた。
「お久しぶりです。」とシェリーとウィリアムズが口々に言った。バイロンが二人を中に招き入れるとシェリーはバイロンの顔をまじまじと見つめて尋ねた。
「その後、どうなさったのか気になっていました。」
バイロンシェリーがアレグラの死について言っていると思った。
「詩を書いているよ。それしかないだろう。」
「『ドン・ジュアン』ですか・・・?」
バイロンはうなずいた。
「建設的なことに気持ちを向けるのはいいことです。アレグラの死のことをクレアはいつまでも嘆き悲しんではいません。もっとも、今までに三人の子供を失っている僕とメアリーの前で平気を装っているだけかもしれませんが・・・。あの娘は強くなりました。」


バイロンシェリーとウィリアムズを置いて立ち上がると窓から海を見つめた。バイロンが夏の間の居を定めたのは静かな入り江に面した場所だった。窓辺からは入り江の北の対岸にリヴォルノの港を望むことができた。シェリーが別荘を借りたのはジェノバに近いはるか北のレリチで、バイロンの別荘から望むことはできなかった。
「閣下(ロード)、僕たちがどうやってここに来たのか当ててみてください。」とウィリアムズが言った。バイロンは二人のほうを振り返った。
「馬じゃないんですよ。」とシェリーが言った。
「エアリエル号に乗って来たんだろう。」とバイロンが言った。
「当たりです。でも船腹には『ドン・ファンxcv[15]』という船名が書かれたまま来てしまいまた。」
「おい、止せよ!人の作品の宣伝をしながら航海するのか、それとも、自分たちは女漁(あ さり)が目的で航海していると言いたいのか・・・。『ドン・ファン』だけは船の名前にはしないでくれと、あのピクニックの日にも言ったのに・・・。」
「僕は閣下の許可が下りないならシェークスピアテンペストから採った『エアリエル』にすると言いました。そして、ヨットが完成するよりずっと前に船名を『エアリアル』にすると最終的に決めて業者に伝えたのに、手違いで『ドン・ファン』と船腹に書かれたまま届いてしまったんです。」
「なるべく早く、『エアリアル』に書き換えてくれよな。」とバイロンは念を押した。
「シーズンが終わったら書き換えます。」とシェリーは言った。バイロンが何も答えずに黙ったまま海を仰いでいたのでシェリーとウィリアムズは顔を見合わせた。

(続く)

https://kawamari7.hatenablog.jp/entry/2021/09/04/212303

【読書ルームII(107) 黄昏のエポック- バイロン郷の夢と冒険】

(第八話 暴風雨 (一八一八年 ~ 一八二二年 イタリア 10/17 )

 

バイロンは死者の思い出に耽るのを止めた。仕事をしなければならなかった。バイロンはなぜ、「決定版、審判の幻影」とマレーからの手紙を取り出したのかを思い出した。編集者で優れた批評家のリー・ハントがもうじきイタリアに来ることになっていた。リー・ハントはイタリアで自由主義を擁護する文筆活動をし、同志が書いた評論や文学作品を発表するための雑誌発行を主催しようとしていた。ジョン・マレーが「決定版、審判の幻影」の出版を拒んだ理由が、バイロンの故ジョージ三世に対する不敬と桂冠詩人ロバート・サウジーに対する名指しの非難のせいだということは間違いなかったが、バイロンはそのジョン・マレーに代わって、自由主義の閃鋭分子であるリー・ハントに同作品の出版を依頼する可能性を考えていた。


バイロンはピサに移ってから間もない頃、「決定版、審判の幻影」の写しをシェリーに見せた。バイロンの家を訪ねたシェリーに草稿を渡し、一週間後にバイロンシェリーの家に草稿を取りに行った。バイロンに草稿を返すとシェリーは言った。
「僕は他人をこんなふうに批判したりはしません。」とシェリーは言った。
「じゃあ、どんなふうに批判するんだ。」とバイロンが尋ねた。
桂冠詩人サウジーのことなんか、ほっておけばいいと思うから批判なんてしません。」
「じゃあ、聞くが、サウジーが僕らのことを『悪魔派詩人』と呼んでいるのを知っているのか?一八一六年の夏、メアリーとクレアも一緒で、ジュネーブ湖畔で一緒に詩作や読書に励んでお互いを高めあった、あの時に僕らが乱交パーティーに明け暮れていたなんていうでたらめをあの男は吹聴しているんだぞ!」
「それは僕も聞きました。でも、勝手な憶測は必要があれば否定すればいいだけで、相手の人格をこんなふうに攻撃するのは間違っていると思います。」シェリーがこう言った時、隣室で子供を寝かしつけていたメアリーが居間に入ってきて口をはさんだ。
「ジョージ三世が逝去したことを『何でもなかった。』なんてよく書けると思ったわ。」とメアリーは言った。「亡くなった人に対する哀悼の念なんて全然ないじゃないの。」
「哀悼の念はなければいけないのか?」とバイロンは聞き返した。
「だって、死者に対しては礼をつくすのは当然でしょう。」

「それがどんなくだらない人間でも?」
「ええ、そう。ましてやジョージ三世は私達の王様だったんじゃないの。」
「選んでなってもらったわけでも、頼んでなってもらったわけでもない。彼の先祖のジョージ一世は進歩(ホイッグ)党が頼んでなってもらった国王だけれどね。」
「でも、国王は私達の議会の開会を宣言したり、法律を公布したりするでしょう。」
「国王なんて所詮、飾り物だよ。議会に口出しして勝手に法律を作ったりなんかできやしない。」
「飾り物だから大切にしないという法はないでしょう・・・。」とメアリーが言った。
バイロンとメアリーが議論している間、シェリーは青い目を見開き、先輩詩人と自分の妻とを交互に黙って見つめていたがやっと口を開いた。
「僕はいろんな権威に反抗してきました。神だとか教会の教えだとか・・・。王権を信奉する連中にも反抗しました。社会を批判する詩に手をそめたこともあります。でも、今では飾り物の王なんかほっておくし、社会制度の批判は散文でやることにして詩では理想や夢を表現することに決めています。」
「確かに君の『一八一九年のイギリス』なんかは夢や理想を表現した君の詩よりもできが悪い。で、君は私とメアリーのどちらの肩を持つんだ?」とバイロンが尋ねた。
「飾り物に反抗してみてもしょうがないでしょう。」とシェリーが答えた。
「飾り物をいつでも飾り物にしておくことができれば問題は何も生じない。だが、王党派(ト ーリ ー)や権威にまとわりつく犬どもはいつでも飾り物を前面に押し立てては『神聖なる国王の御名』の下で自分達のやりたい放題をやるんだ。」
「ジョージ三世は立派な家庭を築いたし倹約家でいつでも農民の暮らしに心を配っていました。ジョージ三世が精神に異常をきたしたのもアメリカ独立やナポレオン戦争の心労が祟ったせいだし・・・。立派な王様だったと思わないの?」とメアリーが言った。
「立派な家庭や倹約や農民の真似は本人の勝手だが、アメリカは独立するべくして独立したし、ヨーロッパ大陸のことに干渉する必要なんて全然なかった。それなのに、何でもかんでも自分の責任だと思い込んで気が変になるなんて、笑い飛ばすべき愚の骨頂だ。」
「私なら、理にかなった主張は散文で訴えるわ。私の両親がそうしたように・・・。」メアリーは決然として言い放った。
「僕も散文で書きます。」とシェリーが言った。
「じゃあ・・・。」とバイロンシェリーのほうを向いて言った。「君は理にかなった主張があれば詩人としての仕事を放棄するんだな・・・。」
「それは・・・。」とシェリーは口ごもった。
「『汝、まだ陵辱されざる静寂の花嫁よ・・・。』なんていう自己満足の欺瞞に満ちた内容を手間隙かけて出版してもらうために君は詩を書いているのか?」
キーツの詩には美と理想が溢れています。それで、読者を理想美の世界にいざなうことができればそれでいいじゃないですか?」
「いいか、詩というものは読者の頭と感覚を麻痺させるためにあるんじゃない。その反対の目的のためにあるんだ。」
メアリーが何か言いたそうに口を開いたが、シェリーは妻を制すると言った。
「リー・ハントに意見を言ってもらいましょう。」
リー・ハントはイギリスで駆け出しの詩人だったシェリーとキーツの才能を見出し、激励を与えつづけた批評家だった。「ただ、丁寧に読んでも半日もかからない閣下の作品を彼に読んでもらうためにわざわざ写しを作って二週間もかけてイギリスに送ったりはしません。リー・ハントはイタリアに来たがっています。彼はここで、僕たち自由主義者と合流して、僕たちの作品だけではなく、イタリアの自由主義者の書いた文章を翻訳してイギリスに紹介したいという意気に燃えています。」
シェリーの言葉でバイロンシェリー夫婦との議論は一応の決着をみた。

(続く)

https://kawamari7.hatenablog.jp/entry/2021/09/04/212210

 

【参考】

メアリー・シェリーの両親については下のURL(ウィキペディア)を参照してください。メアリー・シェリーは結婚後のミドルネームとして父母いずれかの姓を採用しましたが、父の姓のゴッドウィンよりも母の姓のウルストンクラフトを採用したことの方が多かったようです。

 

ウィリアム・ゴッドウィン (ウィキペディア)

 

メアリー・ウルストンクラフト (ウィキペディア)

 

【読書ルームII(106) 黄昏のエポック- バイロン郷の夢と冒険】

(第八話 暴風雨 (一八一八年 ~ 一八二二年 イタリア 9/17 )

 

メアリーが口を開いた。
「そう・・・わかりました。それが閣下がアレグラを修道院に預けっぱなしにしている理由だったのね。」バイロンは黙ってうなずいた。自由主義者の夫婦、怪我をしたバーシー・ビッシュシェリーとメアリー・ゴッドウィン・シェリーの鋭い眼差しがバイロンを射るように見つめていた。


自分の屋敷に戻るとバイロンはピクニックの一行の帰りをじゃました男がどうなったのかを知ろうとしてガンバ邸に使いをよこした。ピッパに熊手で殴られた男の名前はステファーノ・マッシといい、オーストリア軍の下士官で、重症を負って近くのカフェにたどり着いて助けを求めたが、呼ばれた医者の奨めによって病院に移送されたということをピエトロは探り当てていた。


翌日、ガンバ伯爵の屋敷とバイロンの屋敷を制服に身を包んだ多数の警官がとり囲んだ。下士官ステファーノ・マッシ殴打事件の容疑者として、バイロンの従者のヴィンツェンツィオ・ピッパと武器を持ってバイロンと共に現場に駆けつけたティタ・ファルシエリ、そして、ピクニックに従ったガンバ伯爵家の使用人の三人を逮捕するためだった。


事件は下士官のステファーノ・マッシが一存で起こしたバイロンとピエトロに対する嫌がらせのようだった。そしてバイロンとピエトロの存在が地元の当局にとって鼻持ちならないものだとすると、シェリーらと楽しい生活を送ることができるピサもバイロンにとっては安住の地とは言えなかった。バイロンはラベンナの修道院に預けっぱなしにしている娘アレグラのことを思った。会いたい気持ちはつのっていたが、修道院にいる限り、アレグラは安全だった。


マッシの事件から約一ヶ月が立ち、ピクニックでの怪我人は全員が回復し、事件の余波のいろんな取り止めのないこと、逮捕された従者たちの釈放の件などは全てガンバ伯爵父子に任され、イギリス人のピクニック参加者の間に落ち着きが戻った頃、どのようにしてピサに連れてくるかの決定を先送りにしていたアレグラが暮らしている修道院から一通の手紙が届いた。バイロンに手紙を渡したテレサバイロンに一瞥を送ると、黙ったままバイロンの部屋から出て行った。バイロンは封書を見るなり胸騒ぎを覚え、震える手でその封筒を開封した。手紙はアレグラがいる修道院の院長からだった。


「拝啓
閣下に悲しい事実をお伝えしなければなりません。
閣下が愛されてやまなかったご息女、クララ・アレグラ・バイロン嬢は私どもの手厚い看護の甲斐なくチフスで急逝されました。
ここに謹んでお悔みを申し上げます。
敬具
バグナカヴァロ修道院院長スオラ(シスター)・XXXX」


短い手紙を読み終わるとバイロンは怒鳴った。
「家中の鎧戸を全部閉めろ!カーテンも下ろせ!嵐が襲ってきた時のように戸も窓も全部閉めろ!」それから燭台と蒸留酒を持ってくるように召使いに命じ、蒸留酒が届くと立て続けに三杯あおった。バイロンの頭の中でアレグラと過ごしたヴェニスとラベンナでの輝かしい日々の追憶が渦を巻いた。
「パパ、市場(マルカト)に連れていって・・・。」とアレグラはよくバイロンに頼んだ。屋敷のすぐ外で血の凍るような殺人事件起き、バイロンが注意深くなってからはなぜか一層熱心に頼むようになった。アレグラは野菜や果物の露天市が好きだった。
「パタタ(じゃがいも)、シポラ(タマネギ)、メランザナ(なす)、カロタ(にんじん)、ポモドロ(トマト)、リモーネ(レモン)、アランシア(オレンジ)、オリーヴァ(オリーブ)、フィコ(いちじく)、ファラゴーラ(いちご)、カスタグナ(栗)、ウヴァ(ぶどう)、・・・カロタ・エ・パタタ(にんじんとじゃがいも)、オリーヴァ・エ・ウヴァ(オリーブとぶどう)、わたしが大好きなアランシア(オレンジ)・・・。」
アレグラが野菜や果物を指差してそれらの一つ一つの名前をバイロンに向かって言ってみせるのを聞いてバイロンは納得した。アレグラが青果市を好むのは青果市で多くのものの名称を覚えられるからだった。
「この子はじき、イタリア語の韻文で話し始めるかもしれない。」とバイロンはわが娘の賢さに一人で満足した。バイロン夫人との間に生まれたエイダが男爵令嬢としてバイロン夫人のもとで立派に育てられるのなら、アレグラは自分のもとで秘蔵っ子として大切に育て、将来は女流詩人か外交官夫人、あるいはクレアが目指して果たせなかった歌姫にしようとバイロンは夢見ていた。

 

「こんなことをしていてはならない。私は仕事をしなければならない。」とバイロンは思い、書き物机の引出しの中から長年、バイロンの作品の発表に携わってきた出版社のジョン・マレーからの手紙と「決定版、審判の幻影」のオリジナルの原稿の束を取り出した。マレーの手紙にはバイロンの力作「決定版、審判の幻影」の出版を謝絶する旨が記されていた。
「畜生!あんなおいぼれxciv[14]死んだって、何が悲しいものか!」と。バイロンは胸をかきむしった。


バイロンは一八一一年の夏に三人の親しい者の死に続け様に見舞われた時のことを無理やりに思い返してみた。その時死んだ三人、バイロンの母とジョン・エーデルトンの病死、大学時代の友人チャールズ・スキナー・マシューズの事故死それぞれに接した時の自分の反応を思い返してみた。母の死は、地中海旅行から帰って何かと忙しく急いで母に会う必要も感じなかったバイロンを突然に襲ったために衝撃を与えた。マシューズの死は不慮の事故でしかも死の前日に書かれたマシューズからの手紙を受け取っていたために言い知れぬ不条理を感じさせた。しかし、一番大きな衝撃を与えたのはエーデルトンの死だった。


「失われた将来が大きければ大きいほど、ついえてしまった可能性に対する慨嘆が寂しさを煽るのだ。」とバイロンは思った。バイロンの母の四十六歳での死は早すぎたとは言えなかったが、地中海旅行に出発する前に会ったきり、帰国後のどさくさの中でもう一度会うことができなかったことだけが心残りだった。地中海旅行でいろんな冒険をしたが無事で帰ってきた自分の身代わりに、マシューズは退屈なイギリスで、思いもかけない水泳中の事故で亡くなったのだ。しかし・・・。」とバイロンはマシューズの死の際に考えた。
「エーデルトンの死は一番不条理で、起きてはならないものだった。そしてアレグラは・・・。」

(続く)

https://kawamari7.hatenablog.jp/entry/2021/09/04/212150