黄昏のエポック - バイロン郷の夢と冒険

かわまりの読書ルーム II

【読書ルームII(106) 黄昏のエポック- バイロン郷の夢と冒険】

(第八話 暴風雨 (一八一八年 ~ 一八二二年 イタリア 9/17 )

 

メアリーが口を開いた。
「そう・・・わかりました。それが閣下がアレグラを修道院に預けっぱなしにしている理由だったのね。」バイロンは黙ってうなずいた。自由主義者の夫婦、怪我をしたバーシー・ビッシュシェリーとメアリー・ゴッドウィン・シェリーの鋭い眼差しがバイロンを射るように見つめていた。


自分の屋敷に戻るとバイロンはピクニックの一行の帰りをじゃました男がどうなったのかを知ろうとしてガンバ邸に使いをよこした。ピッパに熊手で殴られた男の名前はステファーノ・マッシといい、オーストリア軍の下士官で、重症を負って近くのカフェにたどり着いて助けを求めたが、呼ばれた医者の奨めによって病院に移送されたということをピエトロは探り当てていた。


翌日、ガンバ伯爵の屋敷とバイロンの屋敷を制服に身を包んだ多数の警官がとり囲んだ。下士官ステファーノ・マッシ殴打事件の容疑者として、バイロンの従者のヴィンツェンツィオ・ピッパと武器を持ってバイロンと共に現場に駆けつけたティタ・ファルシエリ、そして、ピクニックに従ったガンバ伯爵家の使用人の三人を逮捕するためだった。


事件は下士官のステファーノ・マッシが一存で起こしたバイロンとピエトロに対する嫌がらせのようだった。そしてバイロンとピエトロの存在が地元の当局にとって鼻持ちならないものだとすると、シェリーらと楽しい生活を送ることができるピサもバイロンにとっては安住の地とは言えなかった。バイロンはラベンナの修道院に預けっぱなしにしている娘アレグラのことを思った。会いたい気持ちはつのっていたが、修道院にいる限り、アレグラは安全だった。


マッシの事件から約一ヶ月が立ち、ピクニックでの怪我人は全員が回復し、事件の余波のいろんな取り止めのないこと、逮捕された従者たちの釈放の件などは全てガンバ伯爵父子に任され、イギリス人のピクニック参加者の間に落ち着きが戻った頃、どのようにしてピサに連れてくるかの決定を先送りにしていたアレグラが暮らしている修道院から一通の手紙が届いた。バイロンに手紙を渡したテレサバイロンに一瞥を送ると、黙ったままバイロンの部屋から出て行った。バイロンは封書を見るなり胸騒ぎを覚え、震える手でその封筒を開封した。手紙はアレグラがいる修道院の院長からだった。


「拝啓
閣下に悲しい事実をお伝えしなければなりません。
閣下が愛されてやまなかったご息女、クララ・アレグラ・バイロン嬢は私どもの手厚い看護の甲斐なくチフスで急逝されました。
ここに謹んでお悔みを申し上げます。
敬具
バグナカヴァロ修道院院長スオラ(シスター)・XXXX」


短い手紙を読み終わるとバイロンは怒鳴った。
「家中の鎧戸を全部閉めろ!カーテンも下ろせ!嵐が襲ってきた時のように戸も窓も全部閉めろ!」それから燭台と蒸留酒を持ってくるように召使いに命じ、蒸留酒が届くと立て続けに三杯あおった。バイロンの頭の中でアレグラと過ごしたヴェニスとラベンナでの輝かしい日々の追憶が渦を巻いた。
「パパ、市場(マルカト)に連れていって・・・。」とアレグラはよくバイロンに頼んだ。屋敷のすぐ外で血の凍るような殺人事件起き、バイロンが注意深くなってからはなぜか一層熱心に頼むようになった。アレグラは野菜や果物の露天市が好きだった。
「パタタ(じゃがいも)、シポラ(タマネギ)、メランザナ(なす)、カロタ(にんじん)、ポモドロ(トマト)、リモーネ(レモン)、アランシア(オレンジ)、オリーヴァ(オリーブ)、フィコ(いちじく)、ファラゴーラ(いちご)、カスタグナ(栗)、ウヴァ(ぶどう)、・・・カロタ・エ・パタタ(にんじんとじゃがいも)、オリーヴァ・エ・ウヴァ(オリーブとぶどう)、わたしが大好きなアランシア(オレンジ)・・・。」
アレグラが野菜や果物を指差してそれらの一つ一つの名前をバイロンに向かって言ってみせるのを聞いてバイロンは納得した。アレグラが青果市を好むのは青果市で多くのものの名称を覚えられるからだった。
「この子はじき、イタリア語の韻文で話し始めるかもしれない。」とバイロンはわが娘の賢さに一人で満足した。バイロン夫人との間に生まれたエイダが男爵令嬢としてバイロン夫人のもとで立派に育てられるのなら、アレグラは自分のもとで秘蔵っ子として大切に育て、将来は女流詩人か外交官夫人、あるいはクレアが目指して果たせなかった歌姫にしようとバイロンは夢見ていた。

 

「こんなことをしていてはならない。私は仕事をしなければならない。」とバイロンは思い、書き物机の引出しの中から長年、バイロンの作品の発表に携わってきた出版社のジョン・マレーからの手紙と「決定版、審判の幻影」のオリジナルの原稿の束を取り出した。マレーの手紙にはバイロンの力作「決定版、審判の幻影」の出版を謝絶する旨が記されていた。
「畜生!あんなおいぼれxciv[14]死んだって、何が悲しいものか!」と。バイロンは胸をかきむしった。


バイロンは一八一一年の夏に三人の親しい者の死に続け様に見舞われた時のことを無理やりに思い返してみた。その時死んだ三人、バイロンの母とジョン・エーデルトンの病死、大学時代の友人チャールズ・スキナー・マシューズの事故死それぞれに接した時の自分の反応を思い返してみた。母の死は、地中海旅行から帰って何かと忙しく急いで母に会う必要も感じなかったバイロンを突然に襲ったために衝撃を与えた。マシューズの死は不慮の事故でしかも死の前日に書かれたマシューズからの手紙を受け取っていたために言い知れぬ不条理を感じさせた。しかし、一番大きな衝撃を与えたのはエーデルトンの死だった。


「失われた将来が大きければ大きいほど、ついえてしまった可能性に対する慨嘆が寂しさを煽るのだ。」とバイロンは思った。バイロンの母の四十六歳での死は早すぎたとは言えなかったが、地中海旅行に出発する前に会ったきり、帰国後のどさくさの中でもう一度会うことができなかったことだけが心残りだった。地中海旅行でいろんな冒険をしたが無事で帰ってきた自分の身代わりに、マシューズは退屈なイギリスで、思いもかけない水泳中の事故で亡くなったのだ。しかし・・・。」とバイロンはマシューズの死の際に考えた。
「エーデルトンの死は一番不条理で、起きてはならないものだった。そしてアレグラは・・・。」

(続く)

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