黄昏のエポック - バイロン郷の夢と冒険

かわまりの読書ルーム II

【読書ルームII(113) 黄昏のエポック- バイロン郷の夢と冒険】

(第八話 暴風雨 (一八一八年 ~ 一八二二年 イタリア 16/17 )

 

テレサの馬車がピサとリヴォルノの間十マイルを並み足の速さで進み、リヴォルノ郊外のバイロンの別荘に三人の女と従者たちが到着した時、あたりはもう真っ暗な闇に包まれていたが、別荘の中にバイロンの姿はなかった。もちろん、シェリーとウィリアムズの姿もなかった。


夜がさらに更け、バイロンが従者を連れて戻ってきた。バイロンテレサと一緒にメアリーとジェーンが来ているのを見るとがっくりと肩を落としてうなだれた。
「閣下(ロード)!」とメアリーはテレサが側にいる時の常とは異り、英語で叫んでいた。

「メアリー、ちょっと用があってリヴォルノまで行ってきたんだ。それだけだ。」とバイロンも英語で答えた。
「それだけではないんでしょう?パーシーは?エドワードは?」
「役所に行って私のスクーナー船を沖に出す許可をもらってきた。それから、水夫を三人雇ってきた。それだけだ。」
「その理由を聞かせてください。」と今度はジェーンが詰め寄った。


バイロンはその日の昼過ぎ、埠頭まで散歩に行った際、船が遭難したらしいと地元の漁師が噂しているのを耳にしていた。漁師に詰め寄ってそう思った理由を聞きただすと、その漁師は漁に出た時に沖でリヴォルノでしか手に入れることのできない食料品の木箱が海に浮いているのを見たと言った。それを聞くなり、もしやとの予感を得たバイロンは、直ちに従者を連れてボリバル号の航行の許可を得るためにリヴォルノの役所へと急いだ。


「約束する。明日、きっとパーシーとエドワードを見つけ出す。もしかしたら、船の操作を誤って、沖の島に流れついているのかもしれない。さあメアリー、もう寝なさい。」バイロンはこう言うと、流産で大量の血を失ったばかりのメアリーの蒼白い額に接吻した。


翌朝、シェリーとウィリアムズの消息の伝言がピサのリー・ハントのところに送られ、驚いたハントがテレサの従者と共に馬で駆けつけた時、トスカナ沿岸をリヴォルノシェリーの別荘があるレリチの間に限って、事件解決の目的でのみ航行することを許されたボリバル号は、バイロンと三人の水夫、二人の従者を乗せてすでに出帆していた。


トスカナの沿岸を航行しながら、バイロンは軍艦を指揮する提督のように望遠鏡を手にし、岸にシェリーやウィリアムズの手がかりになるものはないかどうか隈なく探索した。何箇所かで船を陸につけて地元の住民にも尋ねた。時には二人が沖を漂流しているのではないかと、沖にまで望遠鏡を向けた。最初の日には漂流物以外の手がかりは得られず、バイロンは心配して待つメアリーとジェーン、それにリー・ハントとテレサを加えた人々が待つリヴォルノ郊外の別荘に空しく戻った。


バイロンは大家族を抱えて新居にまだ落ち着いていないハント、そしていても役に立たないテレサをピサに返し、翌日、二日目の捜索に赴くボリバル号にメアリーとジェーンを乗せてレリチの別荘に返した。この往復でも二人の手がかりは得られず、バイロンは雇い入れた三人の水夫をリヴォルノに返した。


焦燥ばかりつのるバイロンの元に手がかりになる情報が入ったのはそれから五日後だった。元海賊だったと吹聴している男トレローニーもピサから駆けつけ、成り行きに気をもんでいた。リヴォルノの北方で漁師をしている男が「身元不明の水死体がヴィアレッギオの辺鄙な浜辺に打ち上げられて当局の手によって直ちに浜辺に土葬にされた。」と知らせにきた。バイロンはすぐにでも水夫を雇い直してボリバル号でその場所を見に行きたいと言ったが、地元の事情に詳しい漁師は二つの理由で反対した。
「一つには、すごく辺鄙な場所な上に埋めた場所がはっきりしないんでさあ。もう一つは、お役所の許可がねえと一度埋めた死人を掘り返すなんてことはできないんでさあ。」とその男は訛のひどいトスカナ方言で言った。


しかしバイロンはトレローニー、そして雇いなおした水夫と共にボリバル号でとりあえず沿岸の様子を調べた。そして、消息を絶った二人のものらしい遺体が埋められたというヴィアレッギオの浜辺とリヴェルノのちょうど中間に位置し、馬で行くのにも便利なセルキオ河の河口を落ち合う場所にするという伝言をリー・ハントに送った。
「もし不幸にして彼らだったら、海賊のやり方で手厚く弔うことにしましょう。」とトレローニーが沈痛な表情を浮かべて言い、バイロン不本意ながらうなずいた。シェリーとウィリアムズの消息が途絶えてからすでに二週間近くが経過していた。


浜に打ち上げられた、一旦は土葬にされた水死体を掘り出す許可を得、場所を探し当て、漁師の有志をつのって身の毛がよだつような作業が行われたのはそれからさらに三週間たってからだった。


麻布にくるまれ、ボートに乗せられた遺体は漁師たちが漕ぐ別のボートに曳かれてセルキオ河の河口に到着した。誰もがかつては人間だったその物体に近寄るのをためらった。しかし、バイロンは若い頃に頭蓋骨を収集して生前の有様を再現するという奇妙な趣味に耽ったことがあり、気味悪さを我慢して死体に近寄ることができた。バイロンは香油をしみ込ませた布で口と鼻を覆うと遺体識別をかって出た。バイロンはへらで遺体の口をこじあけ、歯の特徴から遺体はエドワード・ウィリアムズのものだと断定した。ウィリアムズの遺体は生前の姿を留めないほど痛んでいたが、バイロンはその首に巻かれて全く破れていない絹のスカーフを、結び目をナイフで切って遺体から取り去り、妻ジェーンへ証拠と形見として渡すことにした。遺体はトレローニーの指示で、海賊を葬る時の儀式に従って河口の砂地で火葬にされた。

(続く)

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