黄昏のエポック - バイロン郷の夢と冒険

かわまりの読書ルーム II

【読書ルームII(95) 黄昏のエポック- バイロン郷の夢と冒険】

第七話 レディー・キャロライン (一八一二年初-一八一四年、イギリス  14/16)

 

「では、僕は出立に間に合うようにその手紙を書きます。それから・・・。」と言ってバイロンは一層声を潜めた。
「僕の手紙を読んだキャロの反応を貴女に見ていただきたいので、僕はキャロがここにいる間に手紙を書いて渡すことにします。そして、僕の後始末の出来栄えに貴女が満足していただけるようでしたら・・・。」バイロンはまた一旦言葉を切って息を接いだ。
「僕の想いは派手で常軌を逸脱したキャロにではなくて、いつでもあのもの静かで控えめなアナベラ・ミルバンク嬢にありました。どうか、メルボルン夫人から彼女に僕の気持ちを伝えていただけないでしょうか?僕は一連のこの騒ぎの間、益々彼女に惹かれていきました。もう心を決めてもいいつもりでいます。」
メルボルン夫人はベスボロー夫人を取り巻く喧騒にちらっと目をやってから、バイロンのほうを向いて黙ってうなずいた。バイロンは屋敷を退出した。
メルボルン夫人はラム夫人への最後通牒を手渡すことを約束してみたものの、バイロンはその内容や書き口に関して決然とラム夫人を拒絶するべきなのか、それともラム夫人に対する尊敬や愛情の念をのぞかせてもいいものなか迷いに迷った。しかし結局、今のこの時点での偽らざる気持ちをラム夫人に対する尊敬の念とともに吐露し、後はミルバンク嬢への求婚のことに集中するか、あるいはホブハウスが提案する奥の手に協力するかして、ラム夫人とは無関係に前向きに歩んでいくしかないと心に決め、バイロンは書き始めた。


「私の最愛の人、キャロラインへlxxiv[6]


私が流した涙、貴女と別れる際の私の激情、このむずかしい関係において採った私が言動、それらのものが私の気持ちを知るのに十分でないなら、今、ここにこれ以上に確実なものはない証を呈示することにします。神は私が貴女の幸福を願っていることをご存知です。それは私が貴女から去る時、いいえ、貴女が夫君や姑君に対する義務から私を去らなければならない時でも変ることがありません。だから約束や誓いに込められた私の真意をわかってください。全ては貴女に対する真の愛情から発せられたものなのです。少なくとも貴女が常軌を逸脱するまではそうでした。しかし言葉による説明は今は必要ではありません。私は貴女が想像できないような誇りと陰鬱な満足感を抱き、重い心で貴女から去っていかねばなりません。貴女は私のことをご存知ありません。今日の夕方、貴女が起こした事件の解決に他ならぬ私が協力したことによって、今日の貴女の行為が本来だったら引き起こしたかもしれない悲しい結末が避けられたと思います。貴女は私が冷たく、厳格で、小細工を凝らすような人間だと思われますか?他人はそう思うでしょう。貴女の姑君はそう思われるでしょう。でも貴女の姑君に対して私たちは本当に誠実でなければなりません。私自身も彼女が期待し、満足する範囲を越えて貴女の姑君に対しては誠実でなければならないのです。

キャロライン、どうか心して聞いてください。『貴女のことを愛さないことを約束します。』というのはすでに過去に属する約束です。でも全ては正しい動機によってなされた譲歩でした。貴女が見聞きしたこと、そして私の心の他には知り得ないいろんなことは私の心に刻まれたままになるでしょう。神よ、どうか貴女を許し、今以上に守り、そして祝福したまえ。


貴女のかけがえのない
バイロン


追伸

 

愛するキャロライン。貴女のことを案じる貴女のお母様やその他の諸々の人々がいなければ、貴女をこういった行為に駆り立てた諸々の事情は一体私を幸福にし、ずっと以前に貴女を私のものにしていた思われますか?かつて、そして今現在において、私を幸福の絶頂に送っていたと思われますか?私は貴のためなら喜んで今の自分の幸せや死んだ後の名誉をも犠牲にしますが、そうしないことによって、私の真の気持ちが誤解されることがあるのでしょうか?誰がそんなことを言おうが、そうすることが何のためであろうが、私は一向に構いません。でも、私は貴女のため、貴女だけのためを思って自分の行為を選択するのです。かつて私は完全に貴女のもので、今でも完全に貴女のものです。私は貴女に従い、貴女を崇め、愛し、そして貴女と共にならいつでも、どこでもどんな方法でもいいからこの世界から飛び立つ覚悟でいます。」


書き終えた手紙を読み返し、バイロンは議会での演説の草稿を作るほうがよほど楽だと思った。議会では王党(トーリー)派を攻撃し、同志に褒められる内容ならばよかった。いわば、演説の内容をまともに評価する人間の多くは仲間だった。しかし、人妻に対して最後通牒を出すとなると、相手の人格を尊重しながらはっきりと意図を伝えなければならなかった。相手に対する尊敬なしには自分も侮られてしまうが、ではどうやって決然たる意思を伝えられるのか、書いているうちにバイロンは頭悩ませたが、結局は自分が取った行動が世間一般やラム夫人に対する最も大きな証になるのだから、手紙はラム夫人に対する尊敬を基調にして構わないだろう、と署名をして追伸を書き始めた時にバイロンは思った。

 

ラム卿夫妻とベスボロー夫人がアイルランドに立ってからしばらくして、バイロンメルボルン夫人と会う機会があった。アナベラ・ミルバンク嬢のことでメルボルン夫人が得た回答をバイロンは不安と期待が入り混じった気持ちで待ち受けたのであるが、メルボルン夫人から伝えられたミルバンク嬢の返事は不安と期待のどちらにも合致しなかった。
「今はそんなことを決める時ではないとアナベラは言いました。」メルボルン夫人はバイロンにこう言った。「私はアナベラに、『うかうかしているとバイロン卿を他の女に取られてしまいますよ。』
と言ったのですが、アナベラは『バイロン卿が他の女に取られてしまっても、重要なことを慌てて
今決めるよりはずっといい。』と言いました。」


バイロンメルボルン夫人から伝えられたことをそのまま手紙にしたためてアイルランドにいるホブハウスに送ると、折り返し返事が来た。

(読書ルームII(96) に続く)