黄昏のエポック - バイロン郷の夢と冒険

かわまりの読書ルーム II

【読書ルームII(105) 黄昏のエポック- バイロン郷の夢と冒険】

(第八話 暴風雨 (一八一八年 ~ 一八二二年 イタリア 8/17 )

 

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[ピサの斜塔にはスペインを旅したことがある者には直ぐにそれと分かるイスラム建築を彷彿とさせるアーチがあります。この挿話の最後もご覧ください。]

 

それから後、バイロンとピエトロが取った行動は狂気じみていた。二人は目と目を見合わせると、すぐさま馬を飛ばして屋敷に戻り、使用人に警察に事件を報告しに行かせ、二人で完全に武装した上、腕っぷしが強く、ラベンナでの不当な拘留のせいでオーストリアに反感を持っているティタ・ファルシエリにも武器を持たせて付き添わせた。


三人が事件の場所に戻ると、馬車の中では頭に瘤をつくったシェリーが意識を取り戻して介抱を受けていた。ヘイ提督は顔に軽い刀傷を負っていた。現場に居残ったバイロンの二人の従者のうち一人の服の胸の部分が破れ、そこから出血していた。一人の制服を来た騎馬軍人の乱暴な振る舞いによって、楽しいピクニックは、誰もが何が何だかわからないうちに参加者の中から複数の怪我人を出して終わった。バイロンは怪我人をシェリーの家に運んで全員でことの顛末を整理して対策を考えようと提案したが、その時、馬車の御者だったバイロンの従者のヴィンツェンツィオ・ピッパと、シェリーが乗っていた馬が姿を消していた。

 

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[これもピサの斜塔近辺の建造物の内部]

シェリーの家にはシェリー夫妻に加えて、テレサとその従者、怪我をしたジョン・ヘイ提督、無傷で事件を目撃したトレローニー、ターフ、そして武装して戻ってきたバイロンとピエトロに加えて事件を聞きつけて飛んできたシェリーの遠縁の元軍人エドワード・ウィリアムズが集まった。服から血を流していたバイロンの従者はティタにつき添われてバイロンの屋敷に戻った。主として無傷だったトレローニーとターフが事の次第を細かく思い出しては英語で話した。負傷者を馬車に運ぶ時までいたはずのバイロンの御者、ヴィンツェンツィオ・ピッパのことに話しが及んだちょうどその時、バイロンの屋敷に戻って主人たちがシェリー家にいることを聞きつけたピッパがひょっこり顔を出した。


「打ちのめしてやりました。」とピッパは疲れた表情でバイロンに言った。
「どうしたんだ?まさか殺したりはしていないだろうな?」とバイロンが問いただすとピッパは首を横に振った。
「近くに武器になるものがないかと見回したら、農民が使う熊手があったんで、ひっつかんで、シェリーさんの馬でやつを追いかけて追いついたところで一撃を食らわした、それだけです。」
バイロンはすぐさま、ピエトロとガンバ家の従者のほうを向くと、男を探し出して怪我をしているようなら自分のうちに運んで医者を呼ぶように言った。
腑に落ちない面持ちで事件の原因について憶測ばかり述べ立てている一同の中で、メアリー・ゴッドウィン・シェリーは、夫シェリーの頭に当てる濡れた布を取り替えに時々立ち上がる以外は、鋭い目を光らせたまま黙っていた。しかし、ピエトロ・ガンバとその従者が去り、ピッパが話した内容をバイロンがイタリア語のわからない参加者に対して英語で説明し終えた後、メアリーはバイロンをきっと見据えて言った。
「閣下(ロード)。一体、何が原因でこんなことになったのか、説明をお願いします。」
バイロンは真顔になっているメアリー、そしてメアリーに介抱されながら、まだ困惑と痛みから覚めやらないといった表情のシェリーを交互に見つめた。
「閣下。あの軍人が馬で私たちの真中に割って入ったのは偶然だったのですか?そうではないと私は思います。」
一同の視線は一斉にバイロンに向けられた。その時、体中に打撲傷を負い、痛みのために寡黙だったシェリーが口を開いた。
「僕、聞きました。ピエトロが『わからず屋(イグノランテ)!』と叫び、男が『イギリス人の悪漢野郎(マ レ デ ッ テ ィ・イングレッシ)!』と叫び返したのを・・・。」
「みなさん。」とバイロンが言った。
「ここにお集まりで英語を理解するみなさんは全て、自由と正義を希求するイギリス人だと私は思います。」バイロンはこう言いながら、英語が理解できないテレサに目くばせする配慮を忘れなかった。
「私は告白しなければなりません。」とバイロンは続けた。演説調で話すのはその昔、貴族院議員として演説をして以来、十年ぶりだった。しかし、バイロンの声はよどみなく続いた。


「私とピエトロ・ガンバはイタリア全土を圧制から開放して統一するための運動に関わっています。私はその正義を信じて疑いません。ご存知のとおり、私は詩を書いてきました。私の詩はそれなりの評価を得てきたと思います。でも、イギリスにいた頃の私の生活を振り返ってみた時、私はふと、私はいったい何を成し遂げてきたのだろう、と疑問に思うのです。私は自己満足のために詩を書いていたのではなかろうか、私の詩はただ、一部の限られた衒学的な人々の楽しみとなったのにすぎないのではなかろうか、と私は疑問に思うのです。そして、外国であるここに居を定めた時、私はイギリス人としての自分、そして私たちイギリス人が何を成し遂げてきたのか、こういったことを自分自身に問いかけてみないわけにはいきませんでした。私たちイギリス人は東は北海、北と西は大西洋に囲まれ、英仏海峡によって大陸からも隔てられ、海によって外敵から守られてきました。そして、海に進出することによって世界での覇権を確かなものにしてきました。その私たちイギリス人は、ローマ帝国以前から民族の混淆と侵略に曝され続け、そのために強大な王権を必要とせざるをえなかったヨーロッパ大陸の人々の自由への渇望に対して一体何をしてきたのでしょうか?」


「よく考えてみてください。ネルソン提督のトラファルガー沖での勝利は、海上交通の安全と通商の自由を一応は確保しました。しかし、スペインへの介入は結果としてはフェルディナンドの圧制を招きました。ワーテルローの戦いでのウェリントン公爵の勝利はウィーン反動体制を招くきっかけとなったにすぎません。もちろん、私は詩を書きつづけます。でも、私は詩を書くこと以上の何かをしたいのです。イタリア統一と独立を目的とする運動に参加すること、それが私がイギリス人としてできること、私が思いついた、私ができる最良のことであると私は信じて疑いません。」


バイロンはここまで話すと頬に怪我をして包帯をしたジョン・ヘイ提督と頭の瘤に濡れた布をあてがっているシェリーのほうを向いて言った。
シェリー君、ヘイ提督、私のために怪我をさせてしまって、本当にすみませんでした。」バイロンはこう言うとシェリーとヘイ提督のそれぞれに向かって深々と頭を下げた。集まった人々は押し黙ったままだった。

(続く)

https://kawamari7.hatenablog.jp/entry/2021/09/04/212121

 

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[スペインには100%イスラム教徒の手で建造され、カトリック王の命によってキリスト教の施設として利用・保存された建物が多く存在します。上は地元で「メスキータ(モスク)」と呼ばれるコルドバのもの。アーチを形成する為に切り出された白と赤の石は一本の釘も用いずに組み合わされ、このコルドバの施設ではかつては千本以上の柱がありましたが今ではチャペルなどを形成する為に柱の間に壁が建造されて柱の数は850本ほどになっているそうです。]