黄昏のエポック - バイロン郷の夢と冒険

かわまりの読書ルーム II

【読書ルームII(100) 黄昏のエポック- バイロン郷の夢と冒険】

第八話 暴風雨 (一八一八年 ~ 一八二二年 イタリア 3 /17)

 

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[ラベンナの一風景]

 

「閣下(シニョーリ)、閣下の国では議会が発達し、人々は議会を通して国の政治に参加することができます。こういうしくみは社会を発展させるんでしょうね。」
「そうかもしれません。」とバイロンは答えた。
「でも、発展に伴って新たな問題が生じてきます。それに議会は万能ではありません。」
「どうしてですか、それは選挙権が全ての人間に与えられていないせいですか?」とピエトロが聞き返した。
「選挙権が全ての人間に与えられているかどうか、といういうのは議会の機能と関係ありません。むしろ、全ての人間に教育水準などと関係なく選挙権が与えられたら、国の政治は衆愚政治に陥るでしょう。大切なのはまず、見識のある人間が政治に参加できるかどうかです。」バイロンはこう答えた。するとピエトロは、「議会が全ての問題を解決できないのは、議会が見識のある人間だけでなり立っていないのですか?それとも別の理由があるからですか?」と聞きただした。これに対してバイロンはこう答えた。
「見識のない人間が議会に参加していることと議会の審議方法と両方に問題があります。こと、外国との関連では、何世紀にも渡る歴史の趨勢を顧みずに自分の私利私欲だけのためにある政策を支持するような人間が必ず出てきます。」
バイロンがこう語っている間、ピエトロ・ガンバは爛々と目を光らせてバイロンを見つめていたが、バイロンが話し終わると一言「例えば?」と尋ねた。
「例えば、ヨーロッパは貿易や文化交流によって一つになって繁栄するべきですが、王侯貴族や上層部の利益によって農奴制などの古い制度が温存されている国はその目的の妨げになります。王侯貴族同士の馴れ合いによって、他国に存在している時代遅れの制度を容認したり、あるいは自立した道を歩むべき植民地の独立運動を自国の利益のために押さえつけるような間違いを議会が犯すこともあります。」
「閣下(シニョーリ)のお考えがだいぶ理解できました。」とピエトロはこう言った後で話題を政治から学校のことやローマではやりの演劇のことに転じた。
政治や歴史を語る時の熱い口調から、少年というにはあまりに大人びた十七歳のピエトロがイタリアの前途に多大な関心を持っていることは明らかだった。しかし、南イタリアナポリで反乱が起き、国王フェルディナンドが退位するという画期的な出来事があったのにも関わらず、ピエトロや父ガンバ伯はそれを話題にしなかった。バイロンはこの出来事がヨーロッパの自由再燃の口火を切るのではないかと密かに期待し、自由主義者からの情報を当てにするよりも南イタリアに知己のいるピエトロが何か情報をもたらしてくれるのではないかと顔を合わせる度に期待したのである。しかし、邸内でピエトロに出逢ってもピエトロは鋭い視線をバイロンに投げかけるだけだった。


八月になり、バイロンが熱い屋敷の中から抜け出してガンバ邸内の木立の中を散策している時だった。後ろから「閣下(シニョーリ)、閣下!」と呼ぶ声たしたので振り向いてみると、そこに立っていたのは燃えるような眼差しをしたピエトロ・ガンバだった。バイロンとピエトロは一瞬、沈黙したままお互いににらみ合った。
「閣下。僕は閣下に謝らなくてはならないことがあります。」とピエトロが言った。

「どうしてだ?」とバイロンが尋ねた。
「閣下がご存知ないことです。僕は閣下を窺っていました。」とピエトロは答えた。
「窺うって、初対面の時には誰だってお互いに探りあいをするものじゃないか。」
「違うんです。僕はグィッチオーリ伯爵に頼まれて閣下の素性について詮索していたんです。彼からの手紙をお見せしてもいいんですが、全部ローマに置いてきてしまいました。」
「そんなことだったのか・・・。」とバイロンは苦笑した。グィッチオーリ伯爵がピエトロに頼んだことは容易に想像がついた。「グィッチオーリ伯爵はピエトロにテレサが別れ話を取り下げて自分とよりを戻すよう、自分にとって有利な材料になる弱みや欠点を探るよう、ピエトロに依頼したのに違いないが、大人同士で解決すべき問題に、よくも十七歳の子供に協力を依頼したものだ。」とバイロンは思った。ピエトロは構わず続けた。
「僕は閣下の作品も誤解していました。僕の読解力が足りなかったせいです。僕は閣下の『ハロルド卿の巡礼』を単に個人的な感慨を吐露しただけのトラベローグだと思っていました。でも、直接会っていろいろお話しを聞くうちに考えかたが変ってきたんです。」
ここまで話すとピエトロはバイロンの片腕を取り、周囲を見回して言った。
「閣下と屋敷の外で二人きりになっているところを使用人たちに見られたくありません。そこの木立の間に入りましょう。」
ピエトロはこう言ってバイロンの腕を掴んで木立の中に連れていくと声を潜めて言った。
「実は、僕と父とはカルボナリ党員lxxxiv[4]なんです。姉も父がイタリアの国粋主義者の間で尊敬されているということは知っています。でも姉は活動することができないので姉にはあまり詳しい活動内容は知らせないようにしています。閣下はグィッチオーリ伯爵に何か政治的なことについて質問されたことはありますか?」

「覚えている限りではない。彼はあまり政治には関心がないようだった。自分の財産さえ守れればそれでいいという、そんな感じの男に見えた。」
「僕もグィッチオーリ伯爵はあまり信用していませんし、姉が結婚した当初から好きになれませんでした。父もグィッチオーリ伯爵の無気力な姿勢が嫌いで、それが姉との結婚に反対した理由の一つだったと言いました。」ピエトロはこう言って息を接いだ。

(読書ルーム(101)に続く)

 

 

【参考】

カルボナリ党 (ウィキペディア)

イタリア統一運動 (ウィキペディア)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%BF%E3%83%AA%E3%82%A2%E7%B5%B1%E4%B8%80%E9%81%8B%E5%8B%95?wprov=sfti1