黄昏のエポック - バイロン郷の夢と冒険

かわまりの読書ルーム II

【読書ルームII(75) 黄昏のエポック- バイロン郷の夢と冒険】

第六話 若き貴公子(一八○五年夏 ~ 一八○九年夏  イギリス  12/18 )

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またもやめぐってきた、クリスマスを目前にした頭の痛い期末試験が終わり、仲間内で酒を酌み交わしながらバイロンは言った。
「これが最後だ。」
「若様、とうとう我々下々の者ともお別れですか?」とデービスが言った。
「みんなと別れるわけないじゃないか。でも僕はもう一度、自分の特権を行使することに決めた。」とバイロンは答えた。
「君はいいよな。試験を受けなくても授業料だけ払っていれば学位を取得できるし、学問をするのだって、僕らみたいに大学の教員の座を狙う必要もない。執事に管理させている領地からの収入で自分のやりたいことをすればいいんだ。」と今度はマシューズが言った。

 

「僕はそんな考え方には反対だった。」とバイロンは肩を怒らせて言った。「みんなと同じがよかった。一年間、ロンドンで自分勝手に過ごした後で大学に舞い戻って何を生意気なことを言うかと思っているのだろうが、本心からそう思っていた。でも、今は違う。僕は貴族の当主としての特権を公使すべき時が来たと感じている。あと一年ちょっとで僕は成人する。そしたら貴族院議員として議会に出席することができる。その時に僕は責任のある発言や行動を取りたいんだ。僕は子供の頃から政治家の親父さんを見てきたホブハウスとは違ってつい最近まで政治に関心を持ったことはなかった。一年で責任のある言動を取れる政治家になれるかどうかわからないが、クリスマス休みにニューステッドに戻った後、大学には戻らずにまたロンドンに住む。」


一年半前と同様、本や衣類とボクシングの練習道具一式を携え、従者のフレッチャーと共にロンドンに戻ったバイロンは昨年と同様の勉学と運動に明け暮れ新聞に目を通して世の中の動きに気を配る生活を開始した。世間の関心はナポレオンの大陸封鎖宣言の後、唯一残されたイギリスに向かって開放されたポリトガルのリスボン港確保の話題に集中し、フランス革命やナポレオンに同情的な野党進歩(ホイッグ)党までもがリスボン港確保とポルトガルの主権擁護のためには派兵もやむおえずという見解を示していた。二月のある日、バイロンはノッティングハムの母から包みを受け取った。中から出てきたのは「エジンバラ・レビュー」という新聞で母からは「これを読んでみなさい。」という短い手紙が添えられているだけだった。バイロンは母の手紙に読むように書かれていた文芸欄を開いて読み始めた。


「懶惰の時---オリジナルと翻訳からなる一連の詩 未成年で男爵であるジョージ・バイロン


若い貴族であるこの作品の作者が吐露しているものはどれを取っても全く同じ、よどんだ水の水面の上にも下にも及ばないまっ平らな全体に及んでいる。この事実に関して情状酌量を求めるためにこの高貴な作者は自分が未成年であるということを強調したいらしく、作者が未成年であるというは表紙と文末にも書かれているし前書きにおいても強調され、各作品には作成年月日が添えられ、作成時における作者の年齢がわかるようになっているが、これらは全て被告人にのみ許容され、原告側には許されない主張である。すなわちバイロン卿はもし自分が訴えられて作品が法廷に持ち出され、自分に不利な判決が下るようなことでもあった場合に斟酌がなされるように配慮しているのである。」
「以上は法律的観点に立った上でのわれわれの宣告である。しかしながら、実際のところ作者が誇示する自分の若さはわれわれの批判を緩めるどころか疑問を深めることに役立っている。おそらく作者は「未成年者だってこれくらい書けるんだ。この詩は十八歳の時に、こちらの詩は十六歳の時に書いたものだ。」などと言いたいのであろう。残念ながらコウリーが十歳の時に書いた詩やポープが十二歳の時に書いた詩を思い出しはする・・・しかしこの高貴な未成年者の作品にどのような評価が下されようと、これらの詩の中に見えるものだけしか見出すことができない。したがって、作者はこれらをもって詩作を止めるべきである。彼は最も良くしても、彼自身が言っているとおりのパルナッソスの森lxvii[6]に分け入る闖入者でしかなく、屋根裏部屋で辛酸を舐める詩人が経験しなければならない労苦を積むような純血種の詩人ではない。スコットランドの高地で野生の乙女を気ままに愛したことがあると彼は言っているが、今では彼はそのような特権さえも失っている。もっとまずいことには、彼は自分の詩を公開することによって何らの金銭的利益も期待していないし、詩の出版が成功するか失敗に終わるかさえも気にしていないという。したがって、彼が置かれている立場を考慮するならば彼の成功は不可能であるという結論を下すしかない。」
読むほどにバイロンにはむらむらと闘志が燃え上がってきた。


復活祭の休みになり、ホブハウスとマシューズがロンドンにやってきた。二人はホブハウス家のロンドン邸に泊まることになっていたが、ロンドンに着くと他の用事をおいてバイロンの住処を尋ねた。二人がバイロンの部屋に入った時、部屋の中は本や紙きれで散らかり放題でバイロンは書き物机に向かって一心不乱に何かを書きなぐっていた。


「よく来たな。」とバイロンは二人のほうを振り返りもせず、机に向かったまま言った。
「僕が二十一歳になるまでに五千冊の本を読破することを目指し、毎日サンドバッグに向かってボクシングをしてきたのは何の為だと思う?言葉でもってジャブやパンチを食らわすためだ。」こう言いながらバイロンエジンバラ・レビューの文芸欄を二人に向かって投げて渡した。
「よう、よう!それでこそ我らがバイロン卿!」とホブハウスがはやしたてた。マシューズは黙ってエジンバラ・レビューのバイロンに対する批評を読んだ。ホブハウスは書き物机に向かって詩句を書きなぐっているバイロンと新聞を読んでいるマシューズを交互に眺めた。
「ほら、これが書き出しだ。」こう言うとバイロンは今度はホブハウスとマシューズの二人のほうを振り向きもせずに一枚の紙片を左手で後ろに差し出した。
「ああ、自然から贈られた最も高貴な賜物、灰色の鵞ペンよ!我が思考の奴隷、我が意志の忠実なる下僕・・・何だこれは?」ホブハウスは巻頭を朗読して言った。

 

「黙って読めよ。声出すんだったら外へ行って読め!」とバイロンはわめいた。バイロンが自分とマシューズのどちらにも目もくれないのでホブハウスはマシューズと連れ立ってバイロンの部屋から出ると続きを朗読した。
「小生にとってなくてはならない、ペンとなるために、汝は親鳥から引き離されたのだ!ペンよ、思想によって膨らんだ、生みの苦しみに悶える頭脳の、精神の陣痛を静めるよう定められたペンよ!何だこれは?恋人の慰めともの書きの誇りを女神たちは見捨て、批評家たちには冷笑されるかもしれない。しかし、汝は日々どのような智恵を生み出し、どのような詩人を育てていることか!何だこれは?」
「おい!」と言ってバイロンが部屋から顔をのぞかせた。ホブハウスがバイロンの顔をまじまじと見つけるとバイロンはホブハウスの手から素早く原稿を取り上げて言った。
「まだ写しができていないんだからな、汚すなよ。」
「もう少し読ませてくれよ。」
「いや、みなさんの相手をしている暇はないんだ。マシューズさん。夏になったらまたテームズ河でいっしょに泳ぎましょう。」

(読書ルームII(76) に続く)

 

 

【参考】

    Oh! Nature's noblest gift—my grey goose-quill!   

Slave of my thoughts, obedient to my will,   
Torn from thy parent bird to form a pen,

   That mighty instrument of little men! 10   

The pen! foredoomed to aid the mental throes   

Of brains that labour, big with Verse or Prose;   

Though Nymphs forsake, and Critics may deride,   

  The Lover's solace, and the Author's pride.   

What Wits! what Poets dost thou daily raise!   

How frequent is thy use, how small thy praise!

「ENGLISH BARDS AND SCOTCH REVIEWERS.(巻頭)」