黄昏のエポック - バイロン郷の夢と冒険

かわまりの読書ルーム II

【読書ルームII(63) 黄昏のエポック- バイロン郷の夢と冒険】

第五話 小公子(一七九八年夏 ~ 一八〇二年夏  イギリス  9 /9  )

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ジョージはその後も何度も馬に乗ってチョワーズの領地に出かけた。ジョージは一目でいいからまたメアリーを見たいと思い、メアリーが一人きりになっていることを望んだ。しかし、一人でいるメアリーはおろか、ジャックと一緒にいるメアリーの姿を見かけることもなかった。


こうして、何度かチョワーズ家の領地を訪ねた後、ジョージはやっとメアリーの姿を垣間見ることができた。しかしメアリーは一人ではなかった。ジャックと呼ばれた若い男と連れ立ってメアリーは屋敷の脇にある小屋に入っていくところだった。メアリーとジャックが馬にまたがったジョージの姿に気づいていないようだったのでジョージは黙って馬を進ませ、小屋から少し離れた場所に馬を留め、地面に全体をつけることができない右足のつま先に体重をかけるようにして音がしないように小屋に近づいた。小屋の角の柱に頭を寄せるようにして中を窺うと、小屋の中ではメアリーとジャックが話しをしたり笑いさざめいたりしていた。途切れ途切れに聞こえる二人の会話に耳を澄ますうちに、ジョージはメアリーが甲高い声ではっきりとこう言うのを聞いた。
「あんな片輪の男の子のことなんて、私が好きになるわけがないじゃない。」
メアリーの言葉に対するジャックの答えをジョージははっきりと聞き取ることはできなかったが、続いて二人の笑いさざめきが聞こえた。ジョージは身を寄せていた小屋の柱のざらざらした木目のある表面に額を押し付けた。メアリーはジョージのことを愛してもいなければ尊敬もしていなかった。「名門ハロー校で優秀な成績を収め、力と勇気のせいでみんなから英雄視されているこの僕のことを・・・。」
ジョージは踵を返すと小屋から離れた杭に留めてある馬を指して駆け出した。玉砂利を敷き詰めた地面を足を引きずって逃げる自分が小屋の中にまで聞こえるようなぶざまな音を立てていることをジョージは知っていたが、ジャックとメアリーの二人は秘密の遊びに没頭しているのか外に出てくることはなかった。


馬を留めた場所にまでくると、ジョージは馬の鞍につかまって馬の背によじ登った。鞍をしっかりと押えることができず、鞍が曲がったままでジョージは馬にまたがった。馬が心地悪く感じているとジョージは思ったが、構わず馬を走らせた。ジョージの頭の中には小屋の中でメアリーとジャックが耽っているに違いない秘密の遊びの光景がまざまざと浮かび、その様を頭から追い払おうとする無駄な努力がジョージの頭を混乱させた。沈んでいく夕陽を追ってジョージはただひたすら馬を駆った。生まれて初めて味わった挫折に涙がジョージの頬を伝い、夕暮れの大地の地平線のかなたにニューステッド・アベイとチョワーズの屋敷が見えなくなるまで、ジョージは馬を駆り続けた。

(読書ルームIII(64)「第六話 若き貴公子」に続く)