黄昏のエポック - バイロン郷の夢と冒険

かわまりの読書ルーム II

【読書ルームII(57) 黄昏のエポック- バイロン郷の夢と冒険】

第五話 小公子(一七九八年夏 ~ 一八〇二年夏  イギリス  3/9)

このブログの内容全ての著作権はかわまりに帰属します。

 

こうして、一七九八年の十一月、三ヶ月前にニューステッドに越してきたばかりの坊ちゃんとその母親をノッティングハムに移す準備が始められた。坊ちゃんは三ヶ月の間にニューステッドの環境と先代から使えている老人のジョー・マレーがすっかり好きになっていたので引越しを嫌がった。しかし、ハンソンはクリスマスにはまたニューステッドに戻るのだからと言って坊ちゃんを説得した。


ノッティングハムの親戚の家での一ヶ月半の生活の後、坊ちゃんにとって待ちに待ったクリスマスの季節が到来し、ハンソンはロンドンから家族を連れてきてニューステッドをクリスマスにふさわしく飾り付け、坊ちゃんとバイロン夫人の帰りを待った。ハンソンとバイロン夫人は相談してこの休み中に坊ちゃんの法律上の保護者に指定されているカーライル伯爵とハンソンと親しいポーツマス卿をニューステッドに招待することにした。事件はカーライル伯爵、ポーツマス卿、そしてもちろん坊ちゃんやバイロン夫人、ハンソンとその家族らが出席しているパーティーの席上で起きた。


カーライル伯爵が大人のグラスにはなみなみと、子供のグラスにも一インチほどワインを注がせ、乾杯の音頭を取った。
「小公子(リトル・ロード)バイロン卿に乾杯!」
坊ちゃん以外の全ての出席者もこれに倣って「小公子(リトル・ロード)バイロン卿に乾杯!」と言った。坊ちゃんは悠然としてただグラスを掲げ、黙って一同を見回した。


パーティーの歓談の中、子供たちにクリスマス・プレゼントが贈られ、ワインのグラスを重ねるにつれて、大人たちがほろ酔い気分になってきた頃、もうすぐ結婚を控えた若いポーツマス卿が坊ちゃんに向かって言った。
「坊ちゃん、こっちに来なさい。坊ちゃん、さあ、こっち、こっち・・・。」
坊ちゃんは頑として動かなかった。すると、酔っているポーツマス卿は立ち上がり、坊ちゃんの耳をつかんで引っ張った。坊ちゃんは顔をしかめて言った。
「何するんだ。痛いじゃないか。」
ポーツマス卿、放してやりなさい。」とハンソンが言い、ポーツマス卿は坊ちゃんの耳を放した。しかし耳を放された瞬間、坊ちゃんは、後ろのテーブルの上のプレゼントの包みから出てきたばかりの法螺貝の飾り物に手を伸ばしていた。そしてハンソンが止める間もなく、坊ちゃんはその法螺貝をポーツマス卿に投げつけた。法螺貝は間一髪のところでポーツマス卿の頭をそれ、後ろのガラス棚をこわした。室内は一瞬静まり返った。人々が注目する中、坊ちゃんは胸を張り毅然としてポーツマス卿に向かって言い放った。
「さっき僕のことを小公子(リトル・ロード)と呼んだじゃないか。小公子の高貴な耳を引っ張るのか?」
この事件の後で、ハンソンは坊ちゃんの学校を探すことはもはや急務だと考えるようになった。ノッティングハムの親戚の家で坊ちゃんは家庭教師や他の子供から「小公子(リトル・ロード)」と呼ばれているのに違いなかった。ハンソンは坊ちゃんを「小公子(リトル・ロード)」と呼んで特別扱いしないような学校を探す必要があった。坊ちゃんがせめて十二歳になれば、同じ身分の少年を集めるいわゆる「バプリック・スクール」と呼ばれる寄宿制の学校に入れることができたが、それまでは理解のある校長や教師のいる学校で坊ちゃんを教育する必要があった。


ノッティングハムの学校についていろいろな噂を聞いたり尋ねたりするうちに、ハンソンはグレニー博士が経営する学校が適当なのではないかと考えた。グレニー博士は古典に造詣が深く、読書好きの坊ちゃんの関心や能力をうまく伸ばしてくれそうな気がした。ハンソンはグレニー博士に会い、貴族の当主であり、脚に奇形のある坊ちゃんを特別扱いにしないこと、そしてなおかつ同じ年頃の子供をはるかに越える坊ちゃん能力を伸ばすという相反するいささか難しい課題をこなすことを博学な校長に約束させ、秋から坊ちゃんをグレニー・スクールに通わせることにした。バイロン夫人に学校のことを話すとバイロン夫人はやはり難色を示した。
「ジョージが脚のことでいじめられないかと心配なんです。」
ハンソンはそのことに関してはグレニー校長に問題が生じないよう約束させたと言ってバイロン夫人を説得した。

 

「坊ちゃん、秋になったら学校に行くことになります。いいですね。」と夏になってニューステッドで再会することができた坊ちゃんにハンソンが言った時、坊ちゃんは黙ってうつむいた。ハンソンは坊ちゃんが自分の内側に曲がった右脚を見つめているのだと思った。
「坊ちゃん、何も心配することはありません。学校の校長先生は坊ちゃんが楽しい学校生活を送れるようにいろいろ考えてくださるそうです。」とハンソンは言い、坊ちゃんの脚のことにはあえて触れなかった。

(読書ルームII(58) に続く)