黄昏のエポック - バイロン郷の夢と冒険

かわまりの読書ルーム II

【読書ルームII(52) 黄昏のエポック- バイロン郷の夢と冒険】

第四話 青い空、青い海 (一八○九年夏 ~ 一八一一年秋 ポルトガル→スペイン→アルバニアギリシア→トルコ→ギリシア→イギリス  16/18 )

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「あまりに非寛容だ。」とバイロンは憤った。「断食月だからと言って不貞が死によって贖われなくてはならないなんて・・・。イエス・キリストは罪のない者だけが人を裁くことができると言った。異性を見て欲情を覚える者は心の中で姦淫を犯したのと同じだとも言った。だから彼の元に引き立てられてきた姦淫を犯した女を裁ける人間はいなかった。本来ならば人が人を裁いてはならないlviii[27]。人々から信託を受けた立法府と司法の厳粛な決定によってしか人は裁かれてはならないはずなのに、イスラム教徒はコーランの定めだと言っていとも簡単に人を裁く。」
バイロンは悟った。ギリシア人の大衆に混ざってカーニバルを楽しみ、ギリシア人の知識人とソクラテスを、プラトンを、アナクレオンlix[28]やサッフォーを語り、ホメロス叙事詩を耽読し、ロマイカ語の歌謡曲を口ずさむだけでは十分ではなかった。何かがなされなければならなかった。それが何なのかわからないまま、バイロンはただ執筆中の「ハロルド卿の巡礼」を完成させなければならない、そしてイギリスに帰らなければならないと思った。四月になり、マルタ行きの船でバイロンは帰国の途についた。


遠ざかっていくアテネの港を望みながらバイロンは心に誓った。「僕はきっとギリシアに戻る。ギリシアは僕が命をかけて獲得したいと思っている自由の発祥の地なのだ。」そして、アテネがはるか水平線のかなたに消えた後、二年前にホブハウスと共にイギリスの港を立った時と同じく、船首までゆっくり歩いていくと、掲げられたユニオン・ジャックを仰いで言った。「僕は書く。英語で。僕にはそれしかない。マホメッド二世は二十一歳の時に力でもって歴史に問いかけ、コンスタンチノープルを手に入れた。二十二歳になって詩を書いて歴史に問いかけることなど、遅すぎるくらいだ。」


マルタ島に到着すると、他の手紙と共に心待ちにしていたジョン・エーデルトンからの手紙を受け取り、一時期は重かったエーデルトンの胸の病気が治まって快方に向かっているということを知って安堵した。バイロンはエーデルトンとの再会を心待ちにし、何よりも「ハロルド卿の巡礼」を見せてやりたいと思い、その完成に力を入れた。


マルタ島でイギリス行きの船を待つ間、バイロンは風の便りに、セビリアの抵抗軍(フンタ)とイギリス軍の連合本部がフランス軍の巻き返しによって陥落し、抵抗軍はカディツに、イギリス軍の大半はポルトガルに退去したと聞いた。セビリアへの途上に通過したアルブエラでの激しい戦闘の様子も知ることができた。バイロンは「ハロルド卿の巡礼」の前半部分、ポルトガルとスペインでの思い出の描写に心を砕いた。
フランス軍は『いなご』に譬えることにしよう。ナポレオンが唱える理想は高貴なスペインの民衆には意味をなさなかった。」
イギリスへの帰国便として、ダルマチア沖でナポレオンの艦隊を破ったばかりの重装備の軍艦ボラージュ号への乗船が決まり、青い空と青い海が広がる地中海をから霧に包まれたイギリスの古巣に戻ることはバイロンにとっては残念ではあったが、ニューステッドにいる母、ホブハウスやエーデルトン、そして大学時代の友人に再会できる望みが地中海への惜別にとって替わった。二年近くの時間をかけた卒業(グランド)旅行で得られたものを長詩「ハロルド卿の巡礼」に結実させることによって、自分は一人前の大人になれるのだとバイロンは思い、船を取り巻くたゆたう波の他に何の刺激もない航海中の毎日、ただ「ハロルド卿の巡礼」の執筆に没頭した。


バイロンを乗せたボラージュ号は一八一一年七月上旬にイギリスの港に入港し、七月十四日にバイロンはロンドンに到着してセント・ジェームズ街にあるホテルに宿泊した。バイロンには考えなければならないこととしなければならないことが山ほどあった。まず、旅行の最大の収穫である「ハロルド卿の巡礼」に手を加え、完全な形にした上で出版者を探す必要があった。それから、執事のハンソンと連絡を取り、二年前にハンソンに任せきりにした金銭上の問題がどうなっているのか確かめる必要があった。また、イギリスを立つ前に何度か出席したことのある貴族院議会にも本腰を入れて参加してみたい気があった。いずれにせよ、バイロンはニューステッドに落ち着くつもりだけはなかったので金の問題を確認してロンドンで適当な住居を探す必要があった。


ロンドンに到着してからの日々は目まぐるしく過ぎた。バイロンは帰国後すぐにニューステッドの母とホブハウス、ハンソンらに帰国の報告と仮の住所を知らせる手紙を出した。すると折り返し、ニューステッドから手紙ではなく使者が馬で到着してバイロンに言った。「お母さまが病気で大変お悪くなられています。」
これを聞いたバイロンは「落ち着いたらすぐにニューステッドに行く。」と答えた。次の日また使者が到着して昨日と同じことをバイロンに告げた。バイロンは今度は落ち着いて身辺の整理を続けることができなかった。しかし何を始めようようにも、ニューステッドにいくのに十分な旅費がなかった。ホテルに荷物を残して馬でニューステッドにいくとなると馬を借りる費用に加えてホテル代を余計に払わなくてはならないのでこの際、ホテルを引き払ってフレッチャーを伴い、全ての荷物を持ってニューステッドに行くのが賢明だと思われた。バイロンは仕方なく、執事のハンソンのロンドンの自宅に赴いてニューステッドまでの旅費を借りようとしたが、ハンソンの家に着いた時にハンソンは留守だった。

(読書ルームII(53) に続く)

 

 

【参考】

少し前にその名前が初登場した「ハンソン」はバイロン家の執事でバイロンに家計を任され、バイロンの旅行中に忠実にバイロンの旅程で滞在が確実な都市に送金を続けながら家計の問題などは一切バイロンに告げずに処理していた。ハンソンは主人の家に住み込む通常の執事ではなく、弁護士資格があったのでロンドンに居住して広く依頼人を取り、かつバイロン家から給与を支給されてバイロン家の出納を管理していたがバイロンとの関係は主従関係というよりも親子関係に近かった。ハンソンが少年時代のバイロンの才能開花に如何に貢献したかは次の第5話で語られる。