黄昏のエポック - バイロン郷の夢と冒険

かわまりの読書ルーム II

【読書ルームII(44) 黄昏のエポック- バイロン郷の夢と冒険】

第四話 青い空、青い海 (一八○九年夏 ~ 一八一一年秋 ポルトガル→スペイン→アルバニアギリシア→トルコ→ギリシア→イギリス  8/18)

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一八○九年の八月四日、バイロンら一行はウェルズリー伯爵とイギリス海軍の好意によってジブラルタルとカディツの周辺を巡航している軍艦に乗ってジブラルタルまで行き、先に海路ジブラルタルに到着していた二人の従者と送られていた荷物と合流することができた。しかし、この時までにバイロンはロバートと調理人の二人を本国に返し、この先はフレッチャーだけを連れていくことに決めていた。ロバートは泣きじゃくって「連れていってください。」と懇願した。しかしバイロンはロバートに言った。
「ここから先はビスケー湾横断の何倍もの距離の海路だ。僕とホブハウスは大学時代の復習をしたり、することがいっぱいあるが、子供の君を船の上でのらくらさせるわけにはいかない。帰ってお父さんが忙しい時には手伝い、そうでない時には本を読んでいろんなことを勉強しなければならない。」
こう言ってロバートと調理人の二人は一緒のイギリス行きの船に乗って一行から去って行ったが、ホブハウスにはロバートを返した本当の理由を話した。
イスラム圏、特にトルコでは小姓(ページ)を連れていると男色趣味があると思われると聞いた。妻や妾を他人と交換する男はいないが、小姓(ページ)を交換しろと要求する男はいるらしい。」

こうして三人の旅となった一行を乗せたタウンシェンド号は八月十六日にジブラルタルを立ち、サルジニア島に一旦停泊した後、マルタを目指して地中海を航行した。バイロンとホブハウスはは携えてきたアレキサンダー・ポープxlii[11]訳のホメロスの「イリアッド」と「オデッセイア」を読んで船の上での時間を過ごした。時たま、甲板で射撃大会が開かれ、バイロンはいつでも磨かれた腕を存分に披瀝した。釣り舟が海上に下ろされることもあり、バイロンは亀を捕らえ、釣り針に鮫を引っ掛けた。


八月二十八日に一行を乗せたタウンシェンド号はマルタ島に到着した。マルタ島はナポレオンがエジプトに遠征した一七九八年にはフランス領だったが、一八○○年にイギリスのものとなり、イギリスや友好国の商船と東方への旅行者に停泊場所を提供していた。マルタでは冒険は期待できず、バイロンとホブハウスは更なる目的地をここで探すことにしていた。しかし、困ったことには三日立っても島の中で宿を見つけることができず、島の見物を終えると停泊中のタウンシェンド号の船室に戻って眠らなければならなかった。他の船客たちは島への到着と同時にどこへかと消え失せていた。


四日後、島の中心都市バレッタの教会にいたバイロンとホブハウスに島の総督の使いだという者が総督の館に泊まるようにと声をかけた。二人は喜び勇んで船に戻り、荷物をまとめ、フレッチャーを連れて総督の館に赴いた。しかし、二人を待ち受けていたのはたった一品の料理、そして総督代理による「若い者には節制と禁欲が必要だ。」という説教だった。

 

「何だこれは。」と食事が終わった後でホブハウスがこぼした。男爵の地位に相応しい丁重なもてなしを当然のことと期待していたバイロンは文句を言うことなど通り越していた。翌日、二人は総督の館に荷物を置いたまま、宿と東方に向かう船を探しに出かけたが、他の船客たちが島に別荘を構える商人の家に宿泊を予約していたということを偶然知り、自分たちの無謀さにくやしい思いをした。幸いにして二人は総督の計らいで家具つきの家を借りることができ、そこを根城にして初秋のマルタの海辺で海水浴をしたりアラビア語の勉強をしたりしながら次の目的地と船を捜した。しかし、東方に向かう船はアテネ行きさえも見つからなかった。バイロンマルタ島のイギリス弁務官の家で美しいドイツ貴族の婦人に出会って一目惚れし、晩餐の席上でそのことをからかった海軍士官と決闘の約束をしたが、翌朝にはけろっと忘れていた。士官のほうも仕事が忙しくて決闘の約束をした時間と場所に来ることはできなかった。


九月も半ばになり、終に総督がバイロンとホブハウスに「商船を護衛してギリシア経由でアルバニアに向かう軍艦に乗ることができる。」という血の沸くような提案をした。二人はこれを聞いて飛び上がって喜んだ。総督は二人が戦艦スパイダー号に乗れるように計らったばかりではなく、船の最終目的地であるアルバニアの実質的な支配者アリ・パチャ宛ての紹介状をしたためた。


九月十九日にバイロンとホブハウスを乗せたスパイダー号はマルタ島を出発し、また単調な船の旅が続いた。九月二十三日に船はフランスの勢力圏内のイオニア海に入り、二人は女流詩人サッフォーが身を投げたというイタカ島の南端を望見したが、その翌日から船内の水兵らの様子に緊張が現れた。
「トルコの海賊か密貿易船が海域にいるらしい。」とホブハウスが乗組員に事情を尋ねに行って帰ってくると言った。
「フランスとは交戦状態だが、トルコの違法船はどう反応するんだろう。」とバイロンが目を輝かせながら言った。ユニオン・ジャックを掲げるスパイダー号は速度を上げ、トルコの密貿易船を近くの小島の入り江に追い込んだ。何発かの威嚇射撃の後、トルコ船は白旗を掲げた。
「さあ、始まり、始まり。」とホブハウスが浮かれた。提督が指揮を取り、トルコ船の船内の探査と密輸入物資の押収のために何人かがトルコ船に派遣されることになった。提督はスパイダー号に乗船していた一般の成人男子から有志の参加をつのり、バイロンとホブハウスはそろって名乗りを上げたが選ばれたのはホブハウスだけだった。
ホブハウスと船医を含む九人の非軍人と十数名の水兵を乗せたボートはトルコ船に横付けにされ、数時間後に戻ってきたが、水兵一人が銃で肩を打たれ、スパイダー号の医務室に戻って治療を受けたことから、トルコ船内でのやりとりが穏やかなものではなかったことが推測された。
「何のことはない。土地の特産物のスグリの実を運ぶ船だった。」とスパイダー号に戻ったホブハウスは選に洩れてふてくされているバイロンに向かって、それでも興奮を隠し切れないように言った。

(読書ルームII(45) に続く)

 

 

【参考】

アレキサンダー・ポープ (ウィキペディア)

 

サッフォー もしくは サッポー (ウィキペディア)