黄昏のエポック - バイロン郷の夢と冒険

かわまりの読書ルーム II

【読書ルームII(36) 黄昏のエポック- バイロン郷の夢と冒険】

第三話 ため息橋にて (1816年秋-1818年初、イタリア  13/13)

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ローマに一ヶ月滞在した後、バイロンヴェニスに帰ることにした。ホブハウスはバイロンに尋ねた。
ナポリは見ないのか?」
バイロンは言った。

「僕は旅をする時にはいつでも人間が生きた形跡を探る。ナポリでは地中海の青い海と青い空は見られるだろうけれど、それは八年前に十分堪能したからもういいんだ。」
こうしてホブハウスとバイロンはまた別の旅程を辿ることになった。ナポリからの帰り、ローマに立ち寄ったホブハウスはバイロンからの短い伝言を受け取った。
ヴェニスの夏の暑さはイギリス人にとっては想像を絶するようだ。ヴェニス郊外のラ・ミラに別荘を借りることにした。ヴェニスに戻ったらそこに僕を訪ねてくれ。」
ヴェニスに戻ったホブハウスはラ・ミラでバイロンの作品の筆写や読書に没頭する傍ら、自分自身の紀行文を書く準備も始めた。バイロンの「マンフレッド」とローマ旅行の前に書き始めた「タッソーの嘆き」が夏にイギリスで出版されたが、バイロンはスペンサリアン句法の厳粛な「ハロルド卿の巡礼 第四巻」とカーニバルを主題にした八韻句法(オッタヴァリ マ)の愉快な劇詩「ベポー」の執筆に余念がなく、すでに出版された詩本の評価や売れ行きなどを顧みる暇もなかった。真夏の夕暮れ時、バイロンと共に馬で別荘の周囲を散策しながらホブハウスは思った。「これでよかったんだ。」
夏が終わり、秋になり、二人がラ・ミラの別荘を引きあげてヴェニスに戻った後も同じ生活が続いた。冬になり、クリスマスが終わった頃にようやく百八十六節からなる「ハロルド卿の巡礼 第四巻」とその写しが完成し、年が明けてすぐにホブハウスはバイロンの原稿を携えてイギリスへの帰途につくことにした。ホブハウスの出立の日、バイロンはホブハウスと一夏を過ごしたラ・ミラにまで見送りに出かけた。
「カーニバルの季節これからが本格的なのに、その前に別れなくてはならないというのは残念だ。」
バイロンが言った。
「カーニバルは去年見たし、僕は一刻も早く君のハロルドの本を出版したいんだ。」
「覚えているか、八年前のギリシアのカーニバルを?」とバイロンが尋ねた。
「ああ。覚えているとも。君はイスラム教徒の女の、僕はトルコ騎兵の仮装をして一緒に飛び跳ねて踊った。あの頃は僕ら二人とも若かった。」
「今だって・・・。」
バイロンはこう言うと黙ってうつ向き、両手でホブハウスの両の肘のあたりをつかんだ。そして、しばらくそのままでいたが、頭を上げると言った。
「さあ、お別れだ。でももう二度と会えないという別れじゃない。今度会う時にお互いがどうなっているのか、楽しみな別れだ。」
ホブハウスはうなずいて言った。
「泣いても笑っても一生だ。ここで楽しく過ごしたまえ。ただし、飲みすぎには注意しろよ。君はここイタリアで、僕はイギリスで根を張って生活するが、お互いに連絡を取り合って、世界市民みたいに生きよう。」こう言ってホブハウスはバイロンの肩を抱いた。


馬車の窓から、遠ざかっていくバイロンに向かって、ホブハウスはその姿が見えなくなるまで手を振った。そして、バイロンの姿が見えなくなると馬車の中に頭を引っ込めて膝の上に置いたかばんを抱きしめた。かばんの中にはホブハウスが筆写を手伝い、出版者マレーに渡すようにとバイロンから託された、「ハロルド卿の巡礼 第四巻」の原稿が入っていた。作品はホブハウスに献呈され、巻頭にはバイロンのホブハウスに宛てた、作品紹介とホブハウスの友情に対する感謝を併記した長い手紙が添えられていた。
「斜に構えた男だが根はいいやつなんだ。」とホブハウスは思った。「あいつは後輩詩人のシェリーのことを『世話のやける男だが、とてもかわいい。』と言ったが、自分だって世話がやけて、子供みたいで、そしてかわいいじゃないか・・・。」そしてまた窓から首を出し、バイロンの姿がはるか後ろに消えた、ヴェニス郊外のラ・ミラに通じる道を今一度振り返って呟いた。

「八年前、コンスタンチノープルからマルタ島に向かう船からアテネの近くの港で下船したバイロンと、エーゲ海の青い海と青い空を背景に抱き合って別れを惜しんだ。その後で再開した時には、バイロンは一周りも二周りも大きな人間になっていた。今度だって、次に出逢う時には期待を裏切らないで一層大きな人間になっているに違いない。」


I
これはカトリックの国々では遍く知られている。
少なくとも知られていなければならない。
四旬節が始まる三日前までの何週間かの間、
人々は精一杯の楽しみに興じる。
身分が高かろうが、低かろうが、
歌って、食べて、踊って、飲んで、仮装して、
ほかにも考えられる楽しいことを全部やって、
彼らは敬虔になる前に改悛を買い取ってしまう。
II
闇のマントが空を覆う時、
妻帯者には嫌われるが間男には都合のよい時が来る。
空は(暗ければ暗いほどいいのだが)
人妻たちの貞淑の枷を注意深くもぎ取る。
そしてお楽しみがつま先だって忍び寄る。
妻たちは押し寄せる伊達男たちと笑いさざめき、
震え、叫び、大声で、そして鼻歌で歌う。
ギターなどのもろもろの楽器を全て使って。
III
それから、全ての時代と場所からもってきた
日常離れした輝く衣裳と仮面。
トルコ人ユダヤ人も道化師も狂言師もいる。
離れ業の芸人も、ギリシア人もローマ人も、
ものぐさ者のヤンキーもインド人も、みんなが空想の及ぶ限り、
僧衣以外のさまざまな衣裳を身につけ、
この点に関しては坊さんをわずらわせる者は誰もいない。
だから自由な考えを持つ皆さん!せいぜいお楽しみください。
ベッポー」より

(読書ルームII(37) 第四章 青い海、青い空 に続く)

 

 

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