【読書ルームII(18) 黄昏のエポック- バイロン郷の夢と冒険】 目次(掲載順)

第ニ話　優しき姉よ （一八一四年 ～ 一八一六年 イギリス 1/6)

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「親愛なるエスター

月日の立つのの何と早いことでしょう。この前お手紙を差し上げたのはいつだったかしら。何かと落ち着かなかった一八一二年から今までに本当はいろいろなことがあったのだけれど、あなたの身の上話の聞き役に徹することにしてお返事には自分のことをほとんど書きませんでした。何がどういった形で展開していくのか、自分でも予測ができなかったから、全てが定まってから経緯を整理して書くのがいいと思ったのです。

この間、あなたはＳ氏と婚約し、それを解消し、そしてロンドンでの家庭教師を辞めてランカシャーの 郷 紳(ジェントリー)の家に勤めるようになりました。Ｂは従兄と一緒にアイルランドに行ったＣとの関係を完全に解消した後、別のサロンを主催しているある貴族の奥方と親しくなりました。Ｂとその奥方との関係に、私は終始、政治の匂いを感じて嫌でした。これは嫉妬とは別の感情だと思います。叔母がＢの私に対する関心を話した時も、私はＢの真意とは関係なく政治の匂いしか感じませんでした。人はこうして生涯の伴侶を決めていくのでしょうか。私はどうしても信じられませんでした。私はその考えに反発して叔母経由で伝えられたＢの申し出を断りました。でも、私から見れば非の打ち所のない従兄とその妻のＣ、そしてＣとＢとのことを目のあたりにして、私は本来神によって合わせられるべき男女の関係が人の手で都合よく決められていく現実を思い知らされないわけにはいきませんでした。でも、あの時に私が、Ｂとの関係について感じたわずらわしさは今では解消しています。従兄が衆議院議員に再選されなかったことは叔母、Ｃ、そしてＢの全員を変えました。私は今ではもっと冴えた目でＢを見ることができるようになっています。

Ｂはトルコを題材にした三つの物語詩を発表しました。どれを取っても旋風を巻き起こしたあの『ハロルド卿の巡礼』の作者の後続の作品として納得できる出来栄えのものばかりです。でも私は『ハロルド卿の巡礼』が今までに発表されたＢの作品の中では一番好きです。
二年前に叔母がＢを私に勧めるためか『Ｂを理解できるのはあなたしかいない。』と言った時にはＢはＣとの関係の真っ只中にいましたから、私は叔母が言ったことを真に受けることはありませんでした。でも今は叔母が言ったことが意味のあることなのかどうか真剣に考えています。Ｂの詩を理解するということはＢを理解することなのでしょうか？エスター、あなたはどう思いますか。こう尋ねてもＢはあなたの側にいるわけではないからわからないでしょうね。私はＢを理解する努力を始めています。Ｂの詩を理解することのほうがＢを理解するよりよほど容易ですが、Ｂを理解しようとする努力自体は無駄ではないと思います。Ｂが書いた『海賊』をお送りしますから読んでみてください。

あなたの変らない友
アナベラ・ミルバンク」

「親愛なるエスター

あなたからの手紙を読んで、どうなることかとはらはらした気持ちにさせられました。ランカシャーのお宅の子供達に以前よりも手がかかるのは仕方がないとして、大学に行っている当主の下の息子のことはなるべくはっきりさせたほうがいいと思います。あなたは住み込みの家庭教師として働いているわけですから、子供達の教育以外のことで悩まされるのは本来ではないでしょう。同じ寄宿学校の同窓生なのに私とあなたが違う境遇になってしまったとあなたは嘆いているのですね。でも、牧師の娘と田舎貴族の娘にそれほどの違いがあるのかしら。財産だとか、言い寄って来る若い男の身分だとか、そんなことは取るに足りない違いだと私は思うんです。あなたはそれが大きな違いだと言いたいのかもしれないけれど、所詮、人間は一人一人みんな異なっているんですもの。自分の身内だからひいき目に見ているだけなのかもしれないけれど、あんなに立派な従兄と結婚したＣがなぜ自分の境遇に不満を持って周囲に当り散らすのか私にはわかりません。Ｃの自殺未遂の騒ぎのことなど聞いてあきれてしまいます。Ｂが本気だったかどうかは知りませんがあの騒動の後でＢが関係した伯爵夫人はあなたと同じで教育はあるけれど財産はない牧師の娘でした。財産があるからといって幸せになるとは限らないでしょう。幸福はお金では買えませんから。

一緒に文学やユークリッド幾何学を論じ合った女子学校の寄宿舎がなつかしいわ。あの頃が人生で一番幸せだったのかもしれません。でも、あの頃の思い出に浸るのはやめましょう。私たち二人とも、残りの人生のほうが遥かに長いはずだから、あの時以上に幸せになれなかったらどうしますか？Ｂのことで進展があったらまた手紙を書きます。

あなたの友
アナベラ・ミルバンク」

(読書ルームII(19) に続く)