黄昏のエポック - バイロン郷の夢と冒険

かわまりの読書ルーム II

【読書ルームII(14) 黄昏のエポック- バイロン郷の夢と冒険】

第一話 レマン湖の月 (一八一六年夏 スイス 14 /17)

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バイロンの質問にシェリーは真顔になり、そして言った。
「僕は薪をくべなくてもいい火について真剣に考えていましたが、もし、太陽で起きているような現象が地上に起きたら、とてつもないエネルギーが生まれるのではないかと思います。僕はメアリーが心配しているようなことは全部考えています。太陽が燃えるのと同じ原理で火を起こすことができたら、使い方一つによってはプロメテウスの火どころではない恐ろしい結果をもたらすと思います。だから火の気がないはずの地下室で光を見た時・・・そうです。閣下(ロード)がおっしゃるように僕は悪魔の気配を感じました。」シェリーはこう締めくくった。
「メアリー、君はシェリーの話しを受け入れてはいないようだね。」とバイロンは今度はメアリーのほうを向いて言った。
「ええ、自然を勝手にいじくるのには私は反対します。」
「自然を理解して利用すると、自然の未知の部分が思わない災害をもたらすかもしれない。でも、人類はそれを乗り越えて自然に立ち向かっていくべきだ、というのがパーシーの主張だと思うんだけれど、メアリー、君はその考えに反対するの?」とバイロンが尋ねた。
「そう、確かに火は人類に恩恵をもたらしました。私も、火のこともそうだけれど、医学のこと、特に薬草なんかのことについてジョンから話を聞いて、自然について知ってそれを利用することは人間の進歩だと思うようになりました。でも、自然の中には私たち人間が決していじってはいけない部分があると思うんです。太陽が燃えるしくみについてはわかりませんが、例えば命は神聖なものです。特に人間の命は絶対にいじってはいけないと私は思います。」と、メアリーは話を始めた。


「私は生命がどうしたら人工的に作られるかどうかよりも、もし作られたとしてその後がどうなるかに関心があるの。もし、その結果が明るいものではないのならば、生命を人工的に作ろうなどという努力は最初からしないほうがいいでしょう。私はある学者が生命を人工的に作ることに成功したと仮定して、その学者について書きたいんです。その学者はフランス語圏のスイスに住んでいて名前はドイツ風の『フランケンシュタイン』にしようと思っています。私の話の中でフランケンシュタインはまず、生命を作り出すことに成功し、次いで人間のような生物体を作り上げることに成功します。でも所詮、フランケンシュタインは人間です。神様のように作り上げたその人造人間に体だけ与えて、それ以上面倒を見たくなくなったので捨ててしまうんです。ルソーは『エミール』の中で、子供は可愛い外観をしているから、大人の関心を引いて、大人が思わず保護したり教育したくなると書いていますが、フランケンシュタインの人造人間はそれはそれは醜くて、ぞっとして近寄ることもできないような化け物なんです。神ならぬ人間のフランケンシュタインは、ルソーが賛えた自然の素晴らしいしくみにそった美しく可愛い生物体を作ることができませんでした。そして、捨てられた人造人間には、言語やいろんなことを学習する能力だけは普通の人間並みに備わっています。でも、普通に生まれて赤ん坊の時から母親にあやされながら人間として必要なことを教えられてきたわけではないので、いろんな点で彼は歪んでいるんです。一番大きな歪みはもちろん、フランケンシュタインに作られ、そして捨てられたせいで、フランケンシュタインに対するして抱いている強い怨恨、そして普通の人間に対する憎悪です。一方でフランケンシュタインは、この世でつらい目に遭わせるためだけに人造人間を作ってしまい、しかも自分では養いきれなくて捨ててしまったという負い目を感じています。そして、人造人間が自分の手を離れてから行った数々の恐ろしい行為について見聞きしてから後、フランケンシュタインは人造人間の復讐を恐れて恐怖の中で暮らさなくてはならなくなります。これが私が考えている話の荒筋です。」

 

メアリーが話し終わるとバイロンが「ブラボー!」と叫んだ。「メアリー、君ならきっと書けるよ。今までこんな話を考えた者は誰もいなかった。ファンタスマゴリアを読んで、怖い話にできるように工夫しなさい。フランス語が苦手なら僕が手伝ってあげよう。学者のフランケンシュタインは生命を作ってしまったことについて良心の呵責に苛まれる。そうだろ?フランケンシュタインの良心の呵責と復讐を恐れる気持ちを重ねて読者に恐怖を与えるように書けば君の主張をよりよく伝えることができるだろう。君のこの話はファンタスマゴリアよりももっと怖くて、しかもルソーの自由思想や、君が今までに接してきた文学作品の精髄、君が読んだ本の作者が訴えたかった思想が盛り込まれた重厚な作品になるだろう。出来上がったところを早く見たいな。」とバイロンは目を輝かせながら言った。

 

ジョン・ミルトンの運命観も入れたいんです。」とメアリーは控えめに言った。「閣下(ロード)がミルトンが住んだことがあるというこの 家(ヴィラ)を選んで、初めてここに寄せていただいた時から、十七世紀流のミルトンの自由主義のことばかり考えていました。ミルトンの思想は私の父の思想の源流になっていると思います。ミルトンは閣下(ロード)がイギリスで関わっていらっしゃった進歩(ホィッグ)党の思想上の祖でもあります。」
シェリーの時とは異なってメアリーの話に対しては拍手はなかったが、尊敬する先輩詩人バイロンの「ブラボー!」の掛け声を聞き、ついさっきまでメアリーと言い争っていた恋人のシェリーは誇らしげに顔を輝かせていた。
「次はジョンだな。」と言ってバイロンはジョン・ポリドリのほうを向いた。窓を叩く雨風の音は少し弱まっていた。バイロンはロバートを呼んで、女中にコーヒーを持ってこさせるようにいいつけた。

(読書ルーム(15) に続く)

 

【参考】

ジョン・ミルトン (ウィキペディア)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%9F%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%B3?wprov=sfti1