黄昏のエポック - バイロン郷の夢と冒険

かわまりの読書ルーム II

【読書ルームII(13) 黄昏のエポック- バイロン郷の夢と冒険】

第一話 レマン湖の月 (一八一六年夏 スイス 13/17 )

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シェリーがここまで話した時、それまで鋭い目を光らせながら黙って聞いていたメアリーが口をはさんだ。
「パーシー、あなたは自然の秘密を解き明かしてそれを利用しようとしているのね。私はその考え方には反対よ。自然は広く深く大きいわ。神秘に満ちているわ。もし私たちが、自然のごく一部のしくみだけを理解して、その部分を利用して自分たちの利益に結び付けようなんて考えたら、膨大な自然の他の部分はきっと私たちに仕返しするに違いないわ。」
「自然全体が『利用された。』と言って怒って人間みたいに仕返しをするなんて、そんなことあるもんか。」とシェリーが言った。
「私はそんなことを言っているんじゃないのよ。自然のしくみというものは全部がつながって全体をなしているから、その一部を人間が勝手にいじくったりすると、きっと何かのバランスが崩れてとんでもない災害を私たちにもたらすかもしれないと言いたいの。」
「だったら、そのバランスとか、いじくる部分以外だけじゃなくてつながっている部分のしくみも全部理解すればそんな災害は未然に防ぐことができるだろ。」


シェリーとメアリーが議論を始めそうだったのでバイロンが仲裁に入った。
「みんな、どうだろう、ここに居る人間のうち、歌姫をめざしているクレア以外はみんな文学を志しているか文学に深い関心を持っている。シェリーは太陽に関して疑問を持ち、プロメテウスの劇詩を書こうとしていると言うが、僕はまだ、この二つがどう関わっているのかよく理解できていない。それに猫との関連も聞いていない。まず、シェリーに話を続けてもらいたいんだが、ほかのみんなも、怖かった体験や未知のものに対する関心を題材にして小説になりそうな空想をして、順番にその内容を話すというのは・・・。まず、シェリーに話を続けてもらって、その次には口をはさんだメアリーに話してもらおう。安楽椅子が三つしかないから、ジョン、食堂から椅子を二つもっ
てきなさい。シェリー、安楽椅子を部屋の真中に寄せてくれ。」
バイロンがこう言い、全員がバイロンの指示に従った。
「では続けます。」と、全員が椅子に腰掛けて落ち着いたのを見てシェリーが言った。
「猫との関係は簡単です。薪をくべずにどうして火が燃え続けることができるのだろうか、と頭を悩ませていたので、誰も薪をくべに行くはずのない地下室で燃えている火を見たと思って仰天したんです。猫のことはそれだけです。ご存知のとおり、ギリシア神話の中のタイタン、プロメテウスは人間に火を与えたせいで世界の果てに頑丈な鎖で縛られ、昼間は禿鷹に身体の肉を啄ばまれ、夜のうちにその傷が治り、不死身なのでその責め苦を永久に甘受しなければならないということになっています。でも、火は神々が予想したように人間を殺戮と破壊を専らとする 獣(けだもの)にしたでしょうか?もちろん、火を木や藁でできた物体や本に近づければ、それらの物体は破壊されて消滅してしまいます。だったら、そういう物体には消滅させる目的以外では火を近づけなければいいだけのことです。僕ら人間は火を使って青銅や鉄を加工し、鉄でできた道具で石を加工して燃えない家を建てました。神々の予想とは異なり、火によって人間は破壊どころか建設を行ったんです。プロメテウスの束縛は不当で、間違っていました。で、太陽ですが、太陽が燃料なしで燃え続けるしくみを理解したら、僕らはもっとすばらしい建設を行うことができると思うんです。そのしくみを解明した人間は新しいプロメテウスです。でも、絶対に鎖で世界の果てに繋がれたりしてはなりません。」
「待ってよ。」とメアリーがまた口をはさんだ。
「火は火事をもたらしたし、火薬と組み合わせることによって人間は銃や大砲を作って人を殺したり建物を破壊したりしたわ。太陽が燃えるしくみもそんな破壊目的に利用されてしまうことがないとはいえないでしょう。」
「僕ら人間は完全じゃないから、太陽が燃えるしくみを理解して同じように永久に燃える火を起こしてみようとしたら、静かに燃えるんじゃなくて想像の何千倍、何万倍のエネルギーを放出して実験室、それどころか、実験室がある町全部が吹き飛んでしまうなんていうことが、絶対にないとは僕は言わない。でも、そういうことがあるかもしれない、あるいは、どういう場合に起こりえるかを常に考えて、そういった事態を未然に防ぐ努力をすればいいだけのことなんだ。それでもなおかつ、想像の範囲を越えた事態が起きて実験室や町が吹き飛んでしまったら、そのせいで死んだ人は人間がそれまで気がつかなかった自然のしくみを知らせるために犠牲になってくれた殉教者だ。皆さん、僕の信仰は知識です。人類は犠牲者や殉教者を出しながら知識を深めて進歩していかなくてはいけないと僕は思います。これで、僕が話したかったことは大体話し終わりました。」
シェリーがこう言って話しを終え、メアリー以外の三人は拍手をした。
「ちょっと待った。」とバイロンは拍手の手を止めるとシェリーに言った。
「君がメフィストの目を見て地下室から飛び上がってきた時の震えようは尋常じゃなかったぜ。猫を見た時に感じたことをもう少し話してほしい。みんなはシェリーが震えているのを見て笑ったが、僕は君がファウストみたいに悪魔の気配を感じたんじゃないかと本気で思ったんだ。」

(読書ルームII(14) に続く)

 

【著者の独白】

先のエントリーの「独白」で紹介したノーベル物理学賞受賞者ハンス・ベーテの小ネタはこのエントリーで紹介した方が良かったかもしれませんが、ひとつ確かなことはフランス革命清教徒革命、アメリカ独立などを経験した19世紀前半のヨーロッパでは頭脳が優れた人々が思考の枠に囚われない自由な考えを展開したり主張できたということです。このような環境や文化的素地があったから同世紀後半から20世紀にかけて人類は飛躍的に科学の進歩を遂げることが出来たのです。そしてオランダを通じて西洋の科学技術にどうにかして遅れをとるまいとしていた日本も然りです。それにしても、このエントリーでの環境問題はわたしの勝手な創作ですが、以降のエントリー(詳しくは「フランケンシュタイン」を読んでくださればわかりますが)で展開される生命倫理の先駆けとなったメアリー・シェリーはすごいです。ついでに付け加えると、人類で初めて本格的にコンピューターを夢見たのはこの作品の第一話の巻頭近くでバイロンが苦い別れを経験した愛娘、後にラブレイス侯爵夫人となる(父バイロンの美貌と母の数学の才能を受け継いだと言われますが父バイロンの詩才は母に禁じられた為???)のエイダだと言われています。

 

 

【参考】

ハンス・ベーテ (ウィキペディア)