黄昏のエポック - バイロン郷の夢と冒険

かわまりの読書ルーム II

【読書ルームII(1) 黄昏のエポック- バイロン郷の夢と冒険】

My days are in the yellow leaf;

                           私の日々は黄色い葉の中

The flowers and fruits of Love are gone;  

                   愛の花と果実は消えうせた。


ジョージ・ゴードンバイロン  「この日、三十六年を生きて」より

 

第一話 レマン湖の月 (一八一六年夏 スイス 1/17 )

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私は普通ではない夢を見た。
太陽が燃え尽き、星は無限の空間の
闇の中をさまよっていた。
光がなく、道もなく、
凍てついた大地はまるで目を塞がれたようで
月もない空に黒ずんで見えた。
朝が来て、そして去っていった。
しかし、一日がもたらされることはなかった。
人々は恐怖におののいて情熱を忘れ、
絶望の中で光を渇望する利己心に凝り固まった。
「暗闇」より


男爵ジョージ・ゴードン・バイロン卿は階下から聞こえてくる少女たちのさざめきで目を醒ました。前の晩に蝋燭の灯をたよりに読書に没頭し、そのために遠くを見るときの焦点が定まらない目で窓の外のジュネーブ湖、通称レマン湖を眺めた。湖の水面には細かな漣が立ち、湖面を被う靄のせいで、普通ならば望むことができる視界の左右に広がる岸を望むことはできなかった。バイロンは今が夏だということが信じられなかった。春の初めか秋たけなわのころのようだと思った。緑が靄のために色を失っているため、余計にそう感じられた。今年の秋には収穫があまり期待できなかったが、それにははっきりとした理由があった。東方から帰還してきた船乗りたちが、インド洋の東の端にあるオランダ領のある島で火山の大噴火があり、何日もの間、火山が吹き上げた粉塵で太陽が覆われ、夜のような暗闇が続いた様を語っていた。


バイロンは耳をすませた。階下から聞こえる少女たちの屈託のないさざめきや笑い声は間違いなく近所に逗留しているメアリー・ゴッドウィンとクレア・クレアモントのものだったが、少女たちの声に混じって時たま聞こえる男の声はメアリーとクレアの保護者である詩人パーシー・ビッシュ・シェリーのものではなく、バイロンのお抱えの若い医師ジョン・ポリドリのものだった。


自由主義というものは少女たちを明るく屈託なくするものなのか・・・。」とバイロンは思った。屈託がないのはメアリーとクレアの二人の少女ばかりではなかった。二人の少女と一人の赤ん坊を伴い、はるばるイギリスからバイロンを追ってスイスのジュネーブ湖、通称レマン湖のほとりまでやってきた一行の中心、駆け出しの詩人パーシー・ビッシュ・シェリーバイロンには悪戯好きの少年のようにしか見えなかった。三人はそろって急進的な自由主義思想家であるウィリアム・ゴッドウィンの思想と生き方の洗礼を受けていた。少なくともウィリアム・ゴッドウィンと女性思想家メアリー・ウルストンクラフトの間に生まれたメアリー・ゴッドウィン、そして詩人のシェリーは間違いなくゴッドウィンの忠実な弟子だった。

 

「若い。世間を知らなさすぎる・・・。」と、バイロンシェリーとメアリーの会話に接するたびに思った。バイロンよりもたった四歳若いだけの二十四歳のシェリー、そしてバイロンより十歳年下の十八歳だとはいえ、わずか十歳の時に出版に堪える文章を書いた早熟の天才少女メアリーが幼稚なはずがなかったが、シェリーとメアリーは駆け落ち中だった。しかも、シェリーにはイギリスに置き去りにしてきた妻ハリエットとの間に二人の子供があった。メアリーは二年前にシェリーと出会って以来、シェリーとの間にすでに二人の子供をもうけ、一人は生まれて間もなく亡くなったものの、生まれて六ヶ月になる息子ウィリアムのれっきとした母親だった。メアリーと血のつながりのない同じ年の妹、ウィリアム・ゴッドウィンの再婚相手の連れ子であるクレア・クレアモントはバイロンを追ってシェリーとメアリーの駆け落ちに連なっていた。
バイロンが細かな漣が立つ湖の表を眺めながら黙想に耽っているうちに階段を上ってくる軽やかな足音が聞こえ、誰かがドアを叩いた。

(読書ルームII(2) に続く)

 

【参考】

メアリー・ウルストンクラフト (ウィキペディア)

 

ウィリアム・ゴッドウィン (ウィキペディア)

 

 

【参考2】

I HAD a dream, which was not all a dream.

The bright sun was extinguished, and the stars[43]

Did wander darkling in the eternal space,

Rayless, and pathless, and the icy

Earth Swung blind and blackening in the moonless air;

Morn came and went—and came, and brought no day,

And men forgot their passions in the dread

Of this their desolation; and all hearts

Were chilled into a selfish prayer for light:

("Darkness 1816年より)